お話しサロン

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事務局様へ
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2020年1月19日(日)18:54 [れす]


投稿のシステムが変わってしまったのでしょうか?
一度、投稿/更新ボタンを押した後、文章の間違いがないかどうか見直すために←で戻った際、今まで入力した文章が全部消えてしまいました。(今までは消えずに文章の追加や訂正ができました)
以前のように(消えないように)直してほしいのですが…業者に連絡をして頂きたいと思います。

<< No title >>
投稿者/紫の花さん
投稿日/2020年1月9日(木)15:20 [れす]


はらぺこあおむし様

ありがとうございます

はらぺこあおむし様の「思わず浮かぶシーン」を読んで、目頭が熱くなりました。
昨年母を亡くしましたが、亡くなる前の数週間、入所施設に詰めて通い母との二人の時間を過ごしました。
外は寒かったのですが、部屋は春の陽光に包まれているようでした。

<< No title >>
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2020年1月10日(金)04:15


紫の花様、私の方こそ有難うございます。

今まで仕事に追い詰められる中、実家の親の認知症に対する対応で奔走したり(現在進行形ですが…)、気持ちにゆとりのない日々が延々と続いていました。
「今、この時」紫の花様の投稿に触れて、久々に、心穏やかになれている私が居ます。

今、蘇っているのは、子どもたちが小学生の頃に学校同士で交流があった雲仙の小学校を家族で訪問し、その旅行で訪れた大浦天主堂の、何とも言えず心が穏やかになる・いつまでも眺めていたいステンドグラスと、数々のステンドグラスから光を浴びているような(その空間にたたずんでいる)私です。

今、思っているのは、キリスト教も仏教も、真髄は同じ(根底に流れている精神は同様)で、いずれも人の心を穏やかにしてくれるということ。仏事が始まる前のお寺の本堂に立った時も似たような「落ち着き」を感じます。
「キリエ エレイソン」と歌っている時も、「南無阿弥陀仏」と唱えている時も…
<< No title >>
投稿者/紫の花さん
投稿日/2020年1月10日(金)11:36


はらぺこあおむし様

大浦天主堂は行ってみたいところです。

私は旅が好きなのですが、訪ねた先で教会があれば入っています。
どなたでもいつでも聖堂に入ることができます。
しかし、それは過去のことになりつつあります。
観光客がたくさんいるようなところや、建築で有名な教会は制限があります。

お祈りやお詣りなどをする静謐なところはいろいろありますが、訪れると気持ちが落ち着きます。
「グレゴリオ聖歌がシルクロードを渡ってきた」のかもしれませんね。

私も光の中に導かれました
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2020年1月8日(水)04:35 [れす]


紫の花様、素晴らしい投稿を有難うございました。
20年前に看護学校を卒業なさったとのこと、私よりはるかに若い世代の看護師さんです。我が家は、実家も含めて仏教の世界で育ってきましたので、(とは言っても、仏教の歴史的なことや詳しいことは僧侶にしか分からないというのが大半だと思いますが…)キリスト教のことは詳しくありませんが、独身時代、盛岡に居た時に一般の合唱団に所属していて、その練習場所はカトリック協会でした。
所属していたのは2年間だけでしたが、全日本合唱コンクールに連続出場していて、1年目は九州の福岡・2年目は広島に行くことが出来ました。コンクールで歌った曲はミサ曲が多いので、紫の花様の投稿を拝読しながら、練習を含めた当時の状況が鮮やかに蘇ってきました。

紫の花様の投稿の前半は、本当に情景が手に取るように分かり、私も一緒に光のグラデーションの中に吸い込まれていくような感じでした。(恥ずかしながら、美術館に足を運んだことは一度もないのですが・・・素晴らしさが伝わってきます)
後半の投稿「私にとって、なじみの空間は・・・からのくだりは、涙があふれてきました。
私にとっての「思わず浮かぶシーン」は二つです。
一つ目は、義母が死亡宣告を受けた後、病室で義母と二人になった時の光景です。
義母は肺線維症の憎悪で入院し、約10日間位レスピレーターを付けていました。死亡宣告後、点滴やバルンカテーテル、体に付いていた医療機器が全て外された義母は戦い疲れた戦士のように見えました。
亡くなったのは早朝でしたので、看護師の申し送りが終了するまで、私は病室で義母と二人きりになりました。(夫と義姉たちは、その後の段取りの為に自宅に向かいましたので…)
私は看護師を待つ間、静かに義母の口を拭って形を整え、冷や汗でべっとり張りついたようになっている髪を、ドライシャンプーで何度も何度も拭き取りました。・・・義母は蘇りました!生前の、年は取っていたけれど、おしゃれな義母です。その瞬間!…義母の頭側にあった窓から光が差し込み、その柔らかな光の中にお釈迦様がお立ちになっているのではないだろうか?と思う空間を体験しました。 −続く−
続きです
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2020年1月8日(水)05:41


二つ目は「地獄の門」「免震工事」をキーワードにした「思わず浮かぶシーン」です。
東日本大震災が発生した瞬間、私は一関市にある免震構造の大病院で日勤をしていました。当時、勤務場所は2階でしたが、その中でさえ立っている事ができず揺れが治まるまで、おびえる患者さんの手を握りながらしゃがんでいました。『外はどれだけ揺れているんだろう?』と思いながら、なかなか揺れが治まらないのを感じた瞬間は『沿岸部には津波が来る!』と思っていました。
実家がある大船渡の大地に立ったのは、震災発生から約9か月先のことでした。
高田高校に通い始めた時、私は汽車通学をしていました。・・・実感の玄関を出て、当時のルートを思い出しながら大船渡駅まで歩いてみました。
建物は何もなく、まるでそこは「二次元(平面)」の世界!…泣きながら歩きました…途中で私の目に映ったのは「須崎川」と、そこに架かる小さな石橋!川のほとりに昔からあった2本の柳の木! 駅の前に行った時、何もないけれど確かに引かれていた駐車場の白線!・・・蘇りました! 駅舎に向かって左側には自動販売機!斜め向かいには同級生の家でもある旅館!その横はタクシー屋さん!
私の胸いっぱいに広がったのです。そして、見上げると昔から変わらず連なる山々…浮かんだ言葉は「国破れて山河あり」です。

書いているうちにもう一つ、浮かんだことがあります。
父方の祖父は昔、オルガンで「ご詠歌」をひきながら練習していたことがありました。その楽譜を一度だけ見たことがあります。
高田高校音楽部時代にも一度だけ見たことがある楽譜があるのですが、それは「グレゴリオ聖歌」の楽譜です。衝撃を受けました!
なぜなら、どちらも棒線の無い音符で(♪のようなオタマジャクシではない)、確か、グレゴリオ聖歌は■、ご詠歌は●が楽譜に並んでいたのですが、音階はそっくりだったのです。『へぇ〜!? グレゴリオ聖歌がシルクロードを渡ってご詠歌になっているのかぁ(私の勝手な想像ですが)』 この事に感動した自分が、紫の花様の投稿に感動した自分とリンクしました。
変換間違いがありました
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2020年1月8日(水)05:51


「続きです」の6行目、中頃の「実感の玄関を出て」 → 「実家の」です。
全体的には「あぁ実感!」ですけどね(笑)…

初めて投稿します2
投稿者/紫の花さん
投稿日/2020年1月7日(火)21:38 [れす]


展示を観終わった後、建物の外に置かれている「地獄の門」や「考える人」の彫刻を観て回り、ベンチに腰かけました。
 そのそばに「地獄の門」があり、それを見上げていると目頭のあたりが熱くなってきて泣きそうになりました。あの頃とは置かれている場所が違うし、免震工事が行われていて少し趣の違うものになっていましたがあの頃から変わらぬものとして目の前にありました。

 私はしばらくその場に座り、全身がある思いに満たされていました。
美術館を訪れ、その時感じたものは私の間主観性が動いた瞬間であったかもしれません。

私にとって、なじみの空間はやわらかな光に満たされた美術館でした。変わらずそこに在った、慈しみの空間でした。
つながる時間とは、過去の私から現在ここにいる私とつながり、そして未来の私を作っていく。
かかわる他者とは、出会い、別れてまた出会って共に過ごしたたくさんの人々。お互いに私たちは支えあって成長しながら生きている。

34年前に初めてそこへ行った私と現在の私とがつながった瞬間でした。
20年前の看護学校の卒業式の日、私たちの学生三年間を共に歩んでくださった学校長が、式辞の中でこのように話されていました。

「自分の人生を愛してください。自分の時間を愛してください」

今、私は私を愛おしいと思えるのです。

 私が国立西洋美術館で最も強い記憶を残していたのは彫刻のある空間なのですが、この文章を書いていて、はたと気がついたのです。
 彫刻のある空間の差し込む光の情景は、かつて通っていた教会の天井から差し込む光なのではなかったかと思うのです。



初めて投稿します
投稿者/紫の花さん
投稿日/2020年1月7日(火)21:37 [れす]


一会員です。
品川先生に提出したもので、シェアリングしていただきたく投稿いたします。よろしくお願いいたします。
(文字数が多いので投稿を二度に分けます)

「光の空間を求めて」

ずいぶん前に国立西洋美術館を訪ねたことがあります。私は折に触れ、東京に行くことがあり、そのたびに国立西洋美術館に行きたいと思っていましたが、行く機会が持てずにいました。
 最近になって東京へ行くことが増え、この11月に機会を得たので、時間を作り美術館に行くことにし、朝早くの新幹線に乗って上野へと向かいました。

 過去に一度訪ねた時には美術館周辺を歩く人もまばらで閑散としていました。駅から美術館へのアプローチも整備され、美術館の前にある彫刻は配置場所が変わっているように思いました。
 近年、日本への観光客の増加で美術館がある上野も人で溢れかえっていました。

 東京に向かう数日前の夜、あかりを消した部屋で私は美術館に行く自分の姿を想像していました。その時私はあの場所はもしかしたら私の「原点」なのかもしれないと、何故だか理由はわからないですが、そんなふうに思っていました。

 美術館に入ると、彫刻のある空間がありました。初めてその空間を見た時の静かな衝撃が胸に迫ってきました。
 天井から差し込む光の中に点在する造形と、言葉では表現しつくせない、私の身体と建築物という空間の境目が見えないかのような居心地の空間がありました(あえて言うならば私の身体と建築物がグラデーションでつながっているような)。私が訪れたかった場所は、変わらずそこにありました。

さらに内部に進んでいくと宗教画が展示されています。宗教画のタイトルはほとんど覚えのある言葉や地名でした。
私の両親はキリスト教信者でした。私たち5人きょうだいも幼児洗礼を受けたキリスト教信者です。毎週日曜日には父が運転する車に乗って、教会へと通っていました。ミサの中では信徒や聖人の名、巡礼の地や聖書の中に記されている歴史など子どものころから聞かされ、退屈でミサの間中早くこの時間が終わらないかとばかり考えていました。
私は展示されている宗教画を観ながらこれまでの自分を思っていました。


オンラインガイダンスを受けています
投稿者/そらじかさん
投稿日/2019年5月2日(木)12:19 [れす]


長いセッションでカウンセリングを受けています。
カウンセリングのテーマは「夫との関係」です。修復でも回復でもありません。
その関係の在り方から、自分の魂の叫びを今日は言葉で捉えた気がしました。

一番近い他人である夫は、まさに私と違う都合で生き、それを主張している大人であり、うまくいっている時は人生における良きパートナーなのですが、関係が崩れると一番うっとおしく、どおにもならない存在と化します。

今はそうなってしまった夫との関係を見つめなおすことで、どこかであきらめ、許さなければならない自分の弱さに気づきます。

一緒に暮らすパートナーに甘えたり、自分を認められたり、許されたりしたいと感じるのは普通のこと、けれど本質的なところで私を理解せず、自分の都合でししか生きていないと感じる夫に怒りと呆れと哀しみが生じます。

けれど、私も自分の都合を夫に家族に押し付けて生きているのも知っています。
でも、私の魂が叫んでいるのです、「私を許して」「私を認めて」「私を愛して」というふうにです。
私は、自分にはどうすることもできない「生まれた環境」によって差別を受けて育ってきました。それを諦め投げやりな人生をあゆんだ経験を持つ父と、権力や間違ったことには自分の力で対抗するという人生を歩んできた母を持っています。

正しいこと、間違わないこと、頼らないこと、甘えないことを育つ過程で要求されていたように感じていました。実際は違っていたかもしれませんが。
理不尽な社会の仕組みに抵抗し、自分の力で立ち、目の前の壁を打ち砕く努力をやめないことをずうっと

ありのままの私を受け入れ、愛し、認めてくれる存在だと感じていた夫を、どうやらそんなに自分に都合のいい状況ばかりを与えてくれる人ではないと気付いているけれど、認めてしまうと、私のよりどころがなくなってしまいます。
もう、水面に口先しか出していなくて生き絶え絶えの夫に私はまだ乗っかって助けれくれといっているようです。

まだ、魂が叫んでいます。誰か私を許して、愛して、認めてっていう風にです。
他に、自分を認めるやり方があることをさんざんケアカウンセリング協会で学んできました。
でもまだ、正しい自分を認めさせることを諦められていません。

弱い自分を許すことができていません。
少し距離のある他人とならやり過ごせるのに、夫に対してはまだ。
とても苦しい時間を何年か過ごしています。
けれど自分を解放する糸口をこのカウンセリングの過程で少し見つけてみたいとも思っています。
だらしなく、頼りなく、あきらめが悪く、決断のできない弱い私がここにいるのに、私が私を認めていないんだなあと哀しく感じています。
胸が痛い時間です。

言葉にするのが難しくて、まとまらないのですが、あと一歩前に進みたくて書き込んでみました。
涙が出ます
投稿者/ダージリン
投稿日/2019年5月2日(木)23:22


 なんという凄まじさ!そして勇気のある書き込みでしょうか。読み終わったらただ涙が止まりません。あなたのさけびを聞き届ける者も、また苦しみの道を歩むことを知るのですね。でも、あなたはひとりではありません。私を含めて、共感する方は沢山いらっしゃると思います。ともに歩みましょう。
「諦め許す」ということは・・・?
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2019年5月4日(土)00:48


私は、この協会に入会して12年目になります。
そらじか様の投稿を拝読して、ずいぶん前から度々研修の時に先生が仰っていた「諦め許す」というフレーズがじんわりと心の中に広がっています。
「諦め許す」・・・
それは、他者との関係の中で、「他者の都合」が「自分の都合」と合わないこと(通常、当たり前のことですが・・・)に関して、
自分自身の中で「他者のことを諦める」のだと、ずっと思ってきました。(あの人がそのように言うなら仕方ない。自分の都合を諦めて合わせよう (→ 『どうせ、あの人はそういう人だから…』という諦め)
でも書き込みを読んだ後は、もしかして、他者の都合も受け入れる(=折り合いを付ける)ということは、「(その時の)自分自身を諦める」ということでもあるのかなぁ…と思っています。

「だらしない相手」「呆れた相手」「自分勝手な相手」・・・でも、それは相手だけじゃない!(自分も同じ!)→ 「相手がそのように見える」という事は、「自分の心が写って見えている」ということ!
家庭においては・・・
「だらしない姿」「呆れた姿」「自分勝手な姿」をさらけ出す時というのは、「家庭の外で受けたストレス状態からの解放」だったり、「心身のバランスを取る為に必要なこと」だったりするのではないでしょうか?何故なら、一般社会の中でこれらの姿をさらけ出すことは、社会人として許されない(一般社会の姿を正常に保つ責任がある)からです。…だから、昔から「結婚する前は両目を開けて相手のことをよく見て、結婚したら片目をつぶれ」って言うんですね。きっと…(余談ですが、「みんな、逆のことをやっているから関係がおかしくなるんだ」っていう話を聞いたことがありますよ)

何だか難しい話になってきましたが、
「(その時の)自分自身を諦める」というのは、例えば二者択一を迫られている場面で、「Aを選択した自分が、Bを選択しなかった自分に対して問いかけてみること」なのではないか?と思ったのです。
その結果、
Aを選択する(あるいは、せざるを得ない)場面において、「自分自身を諦め許す」ことが出来るのではないか?と思います。
そして、
現実的に実践できるレベルに達するには、最近になって研修で学んでいる「間主観性」(字はこうでしたっけ?)が正常に機能していることが必要なのだと理解しています。


正念場?
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2020年1月7日(火)04:44


皆様、遅ればせながら、明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。(本日は七草です)

新年早々、明るくない話題で恐縮ですが…
昨年、7月に叔父(父の2歳年上の兄)が亡くなった後、9月頃から父の認知症状がはっきりしてきて、今は猛烈な勢いでその症状は進んでいます。
両親は二人暮らしなので4日に様子伺いの訪問をしたのですが、その際にも、即座にケアマネージャーさんに伝えたい事がいくつかあり、月曜日(昨日)になるのを待って、職場の短いお昼時間を狙って連絡を取りました。
その中の一つは、父が保険証関係一式を亡くしてしまっていたので再発行をお願いすることでした。
昨年末に受診時の付き添いサービスを受ける契約をしていたので、1月の予約日の前に何とかしなければならないという(キーパーソンである私の)焦り、父がジャージの胸ポケットにマイナンバーのカードや現金数万円を入れていたので、月曜日に行っているはずのデイサービス職員に伝えて貰わなければ!という焦り等々、様々な焦りの中で連絡を終え、その内容を母に連絡した時、展開が変わりました。
母は、再発行を依頼した「一式」が見つかった事を私の夫に連絡して、私が仕事から帰ったら伝えて欲しいと話したのです。私は、ケアマネさんに連絡を終えてホッとしていて、家に帰ってから話を聞けばいいとしか思っていませんでした。そして、直ぐ仕事に取り掛かっていたのです。
私の「心の事件」はここからです。
夫は母から受けた内容を私にメールしたようで、家に帰ってからの言葉は
「俺、メールしたの見ながったのが!? 再発行、頼んだのが!? 」・・・私(かちん)
「お昼にメール見ろって言ってるべぇ」「大船渡で何があった時、俺、メールするだげで終わりがや!? 」等・・・私(むかっ)…『仰る通りですぅ!』『でも、私の休憩時間はいつも、ご飯を食べるだけの時間がやっと取れるだけなんですぅっ!』等…(迷惑メールと一緒に消しちゃったかもぉ…)
以前からのことも踏まえ、私(ぐさっ)の内容は…    −続く−
続きです
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2020年1月7日(火)05:42


今回の夫とのやり取りで、正直、あらためて等々、何と表現したらよいのか、気持ちがグシャグシャですが、『夫は、自分だけがかわいいんだ』という思いに囚われてしまいました。

今回の決定打の言葉・・・(顔をそむけて)「俺には関係ねぇ」
今までの決定打の言葉・・・「大船渡の葬式の事なんか、おら知らねぇがらな」
震災ショック諸々で、約1ヶ月、職に就いていなかった時は「何処がで稼げよぉ!生活でぎねぇがらなぁっ」(自分の年金(扶養分?)が貰えなくなるから70歳まで働けと言います)
この時は、『私に寄り添う気持ちのかけらもないんだ』と思い、とてもがっかりしました。(反面、『普通にしていて貰う方が気持ちが楽』という面はありましたが…)

そして今、私の「心の叫び」は(フラッシュバックするのは)…
『あんた(夫)の親達の時は(晩年から亡くなるまでは)私、さんざん苦労して面倒見たでしょうよ!「嫁だから当たり前」で済ませるのがぁ!? 」
『特に爺さんの時は、妄想の対象になって苦しめられてぇっ』『それでも葬式まで責任もって勤め上げたでしょうよぉ!』『それなのにぃ!「大船渡の葬式の事なんか知らないがらなぁ!」だとぉ!? 」
もちろん、これらの言葉は口にしていません。
そこに至るまでのドラマは長いので書きませんが、フラッシュバックします。

今までの投稿をスクロールしていて、そらじか様の投稿を見つけました。
昨夜は夫と口を利きたくもなくなり、ふくれっ面のまま寝てしまった私です。この気持ちのままの関係が続いたら破滅のツボにはまりそうです。
これではいけない!と思っていた時、神様が助けてくれたようにそらじか様の投稿に再会し、共感の気持ちを深く抱きました。(私は、まだまだ「あまちゃん」ということも分かりました。)
そして、そらじか様の投稿の近くで、品川先生の投稿「オミッション・バイアス」にも再会しました。
その中には…
相手への配慮を「うっかり忘れて」しまう夫婦 他
人間関係に静かに忍び寄り、確実に破壊の種を撒いている。最初は些細な違和感であるが、それが最後は相手を追い詰め、結果、自己を破たんさせる恐ろしい心理である。 と書いてありました。

一連のことを考えると、お互いに「甘え」「依存」があるんですよね。時々「ぼーっと生きて」いないで考えないと、克服は難しいですね。


謹賀新年
投稿者/品川博二さん
投稿日/2020年1月1日(水)13:58 [れす]


ケア・カウンセリング協会の皆様、新年明けましておめでとうございます。
本年は協会法人認証20周年です!まさに思春期危機真っ最中ですね(^^)/ 皆様のお力を得て、更なる発展の年にしたいと思います!本年もよろしくお願いいたします。 品川博二
ケア・カウンセリングとの出会いに感謝です
投稿者/浦島姫子さん
投稿日/2020年1月3日(金)22:59


 品川先生、ケア・カウンセリング協会の皆様。
 明けましておめでとうございます。
 私は昨年に初めてケア・カウンセリングの講座を受講させていただきました。実はがんサバイバーの看護師です。先生のお人柄とケア・カウンセリングの考えに、深く感じるものがありました。もう一度与えられた命を有意義に生き直そうと思います。大晦日の紅白で、竹内まりあさんの「いのちの歌」を聴いて号泣しました。
今は、なんでも勉強したいです。いままでが「ぼーっつと生きていました」から、取り戻さなくては!
 先生、ケア・カウンセリングの皆様、一緒の仲間に入れてください!

オンラインガイダンスを受けました。
投稿者/柴わんこ@北海道さん
投稿日/2019年12月22日(日)10:52 [れす]


皆さまこんにちは。私は北海道の会員です。

今日は品川先生のオンラインガイダンスを受けて、感じたことをここでちょこっと聞いてもらおうかなと思って投稿しました。

品川先生の研修のあと、実際のかかわりの場面でやってみようとするのですが、なかなかうまくいかないな、と思うことがしばしばあって、オンラインガイダンスをお願いしました。

困ったXさんがいるのですが、そのXさんををほっておけない私がいました。私一人で関わってみましたが、やはり私一人では解決できなかったので、どうアプローチするか?を相談して、

他にもXさんをほっておけない周りの人たちと協力してどうやってXさんと付き合っていこうか?
そんな内容になりました。

Xさんをほっておけない私。品川先生のガイダンスを何度か受けて、このXさんとの関わりを通して、私は過去の自分と向き合っている、だから諦められないことに気づきました。

品川先生の手を借りながら、もうすこし関わりをあきらめずに続けていきたいと思っている自分がいます。

ここの投稿をみて、いつも皆様の言語化が上手だなと思っていました。
文章を書くのが苦手だけど自分も頑張ってみようかな、と思って投稿します。




ありがとうございます
投稿者/新井健一さん
投稿日/2019年12月12日(木)20:04 [れす]


迷い子さん、貴重なお言葉ありがとうございます。
これからも迷い子さんの言葉を胸に頑張って行きたいとおもいます。

ありがとうございます
投稿者/新井健一さん
投稿日/2019年12月12日(木)19:59 [れす]


迷い子さん、貴重なお言葉ありがとうございます。
これからも迷い子さんの言葉を胸に頑張って行きたい


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