お話しサロン

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一人行動形成法?
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2019年6月15日(土)05:20 [れす]


何年か前の行動形成法に参加した際、品川先生が、普段から「何故か一日伸ばし」の内容を意識して、そこから「思わず浮かぶシーン」は何か、考えていると良いというようなことを仰っていました。
確か、次回参加予定の研修では行動形成法がある予定なので、数日前の私は何故か朝の出勤時に運転中の車の中で、それを考えてしまいました。涙が出る羽目になるとは予想できずに…
まず、
今、私が直面している「何故か一日伸ばし」で困っていることは何か?を考えました。
新しい仕事内容を言い渡されてから、早2か月があっという間に過ぎ、今、やっとパソコンのシステムを使いこなせるようになったけど、長期入所者の評価記録(3ヶ月に1回)が、(4月記載分:30名、5月記載分:18名)既にたまっている。そして間もなく6月記載分:14名も、そこに重なる事が必至!
さすがに、もう、こなしていかないとまずい!・・・4月以降、現在までにお亡くなりになった方は11名。これまでは、短期入所者の評価記録(1ヶ月に1回)と、お亡くなりになった方々の評価記録とパソコンシステムの習得等に追われていて、「長期入所者のせめて1名分の評価記録は、毎日やろうと思えばできる筈なのにやらない(一日伸ばし)」が続いていることだと思い当たりました。
そこから思わず浮かぶシーンは?・・・2つありました。
@私は小学校低学年です。
勉強は、どちらかと言えば出来ない方でしたが、特に算数が出来なくて、母は担任の女教師から「何とかして下さい」と言われていたと、私は大人になってから聞かされています。
思い浮かぶ場面は
私は、たぶん、アパートの居間でちゃぶ台の上にノートを広げ、宿題である算数の計算をしていました。私は座っています。母が私の右斜め前方に立って(なのか?立膝なのか?)居ます。母は私が書いた答えを見て「違うべどー!!」と怒鳴りながら、すごい勢いで私が書いたもの全てを消しゴムで消しました。
還暦を過ぎた今でも、そのシーンは鮮やかに蘇ります。
このシーンは、ある場面に結びつきます。
今の施設長は私の仕事に対して、ことごとく駄目出しをしてきます。その施設長に対して私が強く反応し、言い返してしまったのは、小学校低学年の母に言い返せなかった私がオバケのように出てきて、施設長に反発したということ・・・品川先生のお言葉を借りると「江戸の敵を長崎で取った」という事です。
これが涙の原因ではありません  ― 続く ―

続きです
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2019年6月15日(土)05:49


A私は高校2年生です。当時、岩手県陸前高田市の県立高田高校音楽部(総勢70名余り)の副部長をしていました。
場面は、東日本大震災発生から1〜2年経った頃に見た夢の内容です。
私は、泥沼の大地にしゃがんで泣いていました。たぶん、そこは市民会館の跡地!(市民会館は高校時代、毎年の夏休み明けに定期演奏会を開催していた場所です。)
私は高校の夏型の制服を着ていました。
しゃがんで泣いている私の後方には5人位の人がいるのですが、それは愕然とした影で、性別すら分かりません。ただ、右端の人だけは(その人の)右腕を私の右肩の方に伸ばしています。何となく、年配の女性のような気がしていました。
そして、その風景を左斜め上空の方から見ている私(顔だけ大きく強調されている)が居ます。
という、場面の夢でした。→ ロールプレイ場面で言えば、ダブルさんが二人です。

修正ロールプレイを想定して・・・
顔だけ強調されている私は、たぶん、今の私。夢の中では、黙って(言葉が見つからずに)風景を見ているのですが、この上空に居る私が、泣いている私に声をかけるとしたら…?という想定で考えてみました。
それは
「後ろを振り返って、差し出されている物を受け取りなさい。」「大丈夫。前に進めるよ。」と優しく語りかけることでした。
心の中で、そう語りかけ始めた時、私の目には涙があふれてきたのでした。
変換間違いがありました
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2019年6月16日(日)05:00


タイトル「続きです」の6行目、中ほどの「それは愕然とした影で」の愕然は、「漠然」の間違いです。
(「影」の方々は「愕然」としていたかもしれませんけどね…)
頑張ろう!
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2019年6月20日(木)05:35


一昨日の夜、新潟県・山形県を中心とした広範囲で大きな地震が観測され、一部では津波が発生しました。
発生した時間に私は、スマートフォンから発せられる緊急の発信音と、「地震です!地震です!」という声で目が覚めました。テレビをつけると、どこの番組でも「海岸から離れて下さい!」「川には近づかないで下さい!」等と、緊迫した声での呼びかけが延々と続いています。その声は、東日本大震災の時と全く同じトーンで、私は聞いているうちに気持ち悪くなってきて(具合が悪くなってきて)、動悸が始まりかけてきました。(この時点で就寝しましたが…)

今日になって、前に投稿した夢の内容の意味がふっと頭をよぎりました。
あの夢は、ずっと頭から離れなくて、「泣いている私の右斜め後方の人影が、私に向かって手を伸ばしている意味は何なのか?」が、ずっと気になっていました。
その意味合いは様々考えられるのですが、もしかして・・・
私の後方に並んでいる人影の方々は、津波で犠牲になった方々なのではないだろうか?という思いに至りました。右端の方は、何かのバトンを私に渡そうとした・・・その思いを引き継いで私は生きなければならない!
今、大変な状況に晒されているけど、志半ばで犠牲になった方々の無念を考えると、比較にもならない事・・・

今回の地震による「大切なものの破壊」で、大きな心の傷を負った方々もいらっしゃる事でしょう。
ゆっくり、ゆっくり、ご自身の心が回復していくことを切に願ってやみません。
「頑張ろう!新潟」・「頑張ろう!山形」 そして、まだまだ「頑張ろう!東北!」

入居者は見た!…その入居者を見た
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2019年6月1日(土)03:17 [れす]


一昨日のことです。
寝たきり・全介助で失語のあるOさんが、リクライニング車椅子に離床していました。Oさんは体が変形していて、クッションや枕を2〜3個使用してきちんとポジショニングしなければ、体とアームレストとの間に腕がはまり込んで圧迫されたりして大変な状況になります。
しかし、水分摂取のために離床させられた、この時のOさんは、リクライニングに乗せられていただけ!…ポジショニングに必要なクッション等は1個も入っていなくて頭は90度近く傾き、今にもリクライニングから外れそうになっていました。私は「どうして使ってくれないのぉ」と小さくつぶやき(ボヤキ?)ながら、奥の方にあるOさんの居室に行き、枕と、タンスの上に置かれていたビーズクッション2個を持ってきてポジショニングしました。
Oさんの席の横にはKさんが居ます。Kさんは黙ってじっと隣りの様子を見ていました。
Kさんはおそらく、Oさんが居室から誘導されてきたところから、たまたま私が通りかかってポジショニングしたところまでの一部始終を見ていたのでしょう。・・・私がポジショニングを終えた瞬間、大きな声で「めでたい!」と言い、(何のスイッチが入ったのか?)「めでた、め〜で〜たぁ〜あ〜ぁの〜♪、わか〜まぁ〜あ〜つさ〜あ〜まぁ〜あぁ〜よ〜おぉー♪」「めでた、め〜で〜たぁ〜あ〜の〜♪」と、エンドレスで歌い出しました。
私は、とても嬉しくなりました。
その瞬間までは、『(Oさんが誤嚥しやすいこともあって)度々、離床中もポジショニング枕を使用して欲しいことや、硬めにトロミを付けても誤嚥しているお茶を、別のものに変えて提供してほしい事を話しているのに、何で共有されないのよ! どういう風に言ったら、介護職員が認識してくれるの?』と心の声がどんどん大きくなってきていました。
Kさんの「めでたい!」を聞いた瞬間、私の「恨み節」は一発で飛ばされました。そして、今、ものすごくKさんに癒されている私が居ます。

KさんはKさんなりに心配していたんですねぇ・・・Oさんが置かれた{身」を「我が事」として捉えていたのだろうと思います。だから、間髪を入れずに「めでたい!」という言葉が出てきた・・・きっと、それはKさん自身が楽になった(喜ばしい)瞬間だっただろうし、何より、私自身が、ここ2か月の間に感じてきた疎外感や、諦めに似たネガティブ感情から一瞬にして解放された「めでたい!」瞬間であったような感覚を抱いています。
看護の基本
投稿者/向日葵さん
投稿日/2019年6月13日(木)15:45


はらぺこあおむしさんの投稿を読んで、看護学生時代にテストで出された英文を思い出しました。それから本棚の中で数十年眠っていたヴァージニア・ヘンダーソン著の「看護の基本となるもの」を引っ張り出してみました。
うろ覚えですが英文を直訳すると、「あなたが必要と感じたら、すぐに実行しなさい。そうしないと必要ではなくなってしまいます。」という文でした。患者さんの状態は刻一刻と変化していくから、その場その場で対応しなければなりません。本には、「看護の基本となるもの」には14項目あり、4番目の項目に[歩行時および坐位、臥位に際して患者が望ましい姿勢を保持するよう援助する。また患者がひとつの体位からほかの体位へとからだを動かすのを助ける]と記されています。
いつの間にか、主任や医事課、病棟の人達にミスを追及されること無く、その日の業務が終わればいいと思うようになっていましたが、久〜しぶりに「看護師独自の役割」とか「看護師のあるべき姿」について想いを馳せています。
はらぺこあおむしさんに最適なポジショニングをしてもらって、Oさんは不安定な体位によるストレスから解放されたことでしょう。Kさんの歌はその事に対する喜びと、はらぺこあおむしさんに対する感謝の現れだと感じている私がいます。



救われました
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2019年6月14日(金)06:06


向日葵さん、ありがとうございます。
私も、ほんわかと看護学生時代を思い出しました。

看護職と介護職とでは、根本的な部分で考え方や捉え方が違うのか、私が『今、このことが必要!』と思っても、なかなか介護職員には伝わりません。
今の私が一番ダメージを受けているのは、施設長(介護職上がりで、昨年施設長になった女性職員)が、ことごとく私の仕事に「駄目出し」をして、一部の介護職員からの(私の仕事の仕方に対する)苦情をそのまま私に垂れ流し、機能訓練指導員という職に就かせておきながら「理学療法士みたいにやることないから」「マッサージして貰えば気持ちいいと思うかもしれないけど、そんなにやらなくていいから、もっと動ける人の事やって」等々…
私が拘縮予防の意味合いや、怪我・皮膚トラブルの予防に繋げている事を伝えても、「どうせ、元に戻ってしまうでしょ。」「空いてる時間でやって」「2〜3分でいいから」「介護職員もオムツ交換の時に動かしてるから」「寝てる人はあまり手かけなくていいから」・・・果ては(体調不良の方には何もしていないのに)「具合悪い人までやらなくていいから」等と、のたまう始末…
『そんなに言うんだったら、私の仕事、密着取材してみたら!?』と言いたくなるような案配で、奈落の底に突き落とされてばかりなのです。
私が長年培い、確立してきた「看護職としての精神」は今、現場の最高責任者によってズタズタに切り裂かれているのです。(彼女はそれに気付いていません。)

ここ数か月間で、介護職員が7〜8名退職して人手不足なので、食事介助の時間は大変です。ほぼ全職員が総出で介助にあたりますが、とにかく施設長の頭の中は『食事介助・命!』(まぁ、文字通り、食べなきゃ生きられませんけどね…)
私の仕事(短期入所含めて毎日85〜86名存在している入居者の訓練や評価記録)は、いくら溜まっていようと二の次!
朝と昼の食事介助で毎日トータル約1時間半の時間がかかっているので、私に「空いている時間」などありません。

昨年も新しい仕事、今年も新しい仕事。昨年も6月頃にクレームを付けられ、今年も同じ。
さすがの私も、施設長に対して、「去年もそうでしたけど、今、まだ2か月しか経ってませんから。半年位経てば、もう少し違ってきます。もっと長い目で見て貰えませんか。」「私、覚え悪いですし、パソコンだってなんだって若い人と同じように覚えられませんからね」と言ってしまいました。(矢継ぎ早だったかもしれません)そこまで言って、やっと施設長が「そうですね」と言ったので、ちょっぴり救われていますが…
今回の、向日葵さんのレスで「肯定的相互性」を感じ、救われている私が居ます。
<< No title >>
投稿者/哀しい思いさん
投稿日/2019年6月16日(日)07:36


私は介護職。はらぺこあおむしさんの書き込みを見て、とても哀しいな私がいます。
気持ちはわかりますが、他者排除になっているように感じる私です。

ごめんなさい
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2019年6月17日(月)06:13


「哀しい思い」様、投稿を拝読して、あなたは「仕事と入居者を愛する若い職員さん」と拝察しました。
私は幼少時から長年、母に強い言葉を浴びせられながら育ったせいか、他者に向ける言葉がきつく、強いものになってしまうことを自覚しています。(これが常に悩みとして自分の中に付きまとっていますが…)

私が書いた事は、一言で言えば「全て、私の恨み節」。現場の介護職員さん方を他者排除しようという気持ちなど、みじんもありません。あえて、「他者排除」というキーワードで考えるなら、今の私は、私の現在の直属の上司である施設長を心の中で他者排除しようとしているという事は言えると思います。
その深層心理にあるのは、「(私が幼少の頃の)母を排除しようとしている」という事なのだと思います。

「哀しい思い」様は会員さんでしょうか?・・・会員さんでないとしたら、もしかしたら理解は難しいかもしれませんが、このメカニズムについては、私が投稿した「一人行動形成法?」の最初の方の@をご覧になって頂きたいと思っています。

重ねて申し上げますが、私は介護職員さんを他者排除しようとか、対決しようなどという気持ちで書き込んだのではありません。むしろ、現場の介護職員さんには、私を助けて下さる方、癒して下さる方、なぐさめて下さる方、はたまた、こんな私でも「尊敬しています」と仰って下さる方々がいらっしゃるので、感謝しているのです。
ただ、私の仕事内容に関する要望(と言うより苦情)を私に直接言わず、「上から言って下さい」と施設長に託し、その施設長は、かなり日にちが経ってから、既に私が改善に取り組んでいることを、あたかも実践していないかのように、また、不具合に繋がるのでやめている事を今でもやっているように、具体的な事例は示さずに抽象的な言い方で延々と言われ、「哀しい想い」をしていた事は事実です。

「哀しい思い」様、
あなたが投稿した日の朝、「哀しい」気持ちで出勤なさったのではないでしょうか?…もし、そうだったら本当に申し訳ないことをしました。お許しください。

エンカウターグループ入門に参加して
投稿者/リンゴ&127822;さん
投稿日/2019年6月9日(日)04:46 [れす]


CRロジャースのエンカウンターグループ入門の勉強会に参加しました。
3セッション…クタクタです。

『本音で話す』『言語化して相手に伝える』難しい!!
時折、品川先生から入る「正しい言葉の使い方」や「メッセージ」により、
誤っていた自己分析に気が付かされる場面や
事をより深く考える機会となりました。

非構造化されたエンカウンターグループは専門性が高く、
品川先生なしでは目的の見えない雑談にもなりがち。
構造化されている行動形成法の安全性を実感する機会にもなりました。

家族について話す機会があったのですが、
どうして家族の問題解決はこんなに難しいのか?
それは当人だけの問題ではない事を知る驚きの事実。
そして根本的な問題解決方法の指導を受ける事で違う視点になりました。

他者援助は自分が心身ともに元気である事が大切だと思いました。
普段から本当の自分を出せる関係、
本当の自分を出せる環境つくりの大切さを痛感しています。

根本的な問題解決について考えるこの勉強会は脳が常にフル回転。
今日の勉強会は改めて学びの大切さと楽しさを知る日となりました。

品川塾に通い始めて2年が過ぎました。
よく怒って指導していくれる愛情のある上司が
「落ち着いてきたな」「変わったな」「成長したな」と。
ほめない人なのでびっくり(笑)
私自身も、1年前の自分より生きやすくなっていると感じているので、
この学びを続けていきたい。
肯定的相互性の関係
投稿者/四季の星座さん
投稿日/2019年6月9日(日)19:13


このテーマで数年前に参加したときに、とても緊張したことを覚えています。なかなか発言出来なかったのです。しかし今回はうって変わって自由でした。それは肯定的相互性の関係を念頭に入れていたこと。
そして気持ちやモヤモヤを言語化することは難しいのだけれど、私たち人間はこの言語を磨きながら生きて行くのだと、そんなことを感じました。
面白いこともありましたね。レクチヤーしたくなったファシリテータが行動に移したのもグループの自由な雰囲気があってのこと。
学びの多い一日でした。
参加された皆さん、ありがとうございました。

首都圏エリア支部茨城県支部発足!
投稿者/品川博二
投稿日/2019年6月1日(土)21:19 [れす]


6月1日、茨城県水戸にて茨城県支部の発足記念講演が開催されました。水戸市身体障害者福祉センター様のご厚意でお借りした研修室には、総勢15名の参加者が集まり、まずまずのスタートです。
研修では、ケア・カウンセリング協会のコンセプトやケア従事者に認知行動療法がいかに意義の有る事項であるかを、集中セミナーで学ぶ濃厚な一日でした。午後は、千葉から駆けつけてくださった勢司博之氏(客員講師)による行動形成法の演習がありました。事例提供者の方の深い自己洞察に、グループメンバーの皆様の感銘があったと思われます。
支部設立をご準備された世話人の中島栄子さん等、皆様ご苦労様でした。
水戸で始まったこの小さな試みを、全国の会員の皆さん、応援してください!

応援してます
投稿者/金はあるけど暇がないさん
投稿日/2019年6月3日(月)06:27


おでめとうございます
頑張りましょう。応援します
とはいってもなかなか参加できませんが、遠くから応援しています。
「金はあるけど、暇がない」私より


カウンセリングの報告
投稿者/ゆうさん
投稿日/2019年5月30日(木)13:52 [れす]


 今回のカウンセリングの内容は、認知症の患者Sさんとのエピソードがきっかけでした。Sさんは認知症があり、一人で歩けば転倒の危険があるけど、帰宅願望が強く、歩き出そうとするため、その日は折り紙で鶴を折るように促されてベッド上で鶴を折っていました。私が声をけると「おめも折れ。(あなたも折りなさい)」と言われました。私は、その命令口調だったことに少し「ん?」と何かが引っ掛かりました。Sさんとの関わる時間を持つために私も鶴を折り始めましたが、途中でSさんが「黒はダメって言われたから。」と言いながら捨てようとして、折り紙をグチャっとしました。私は「もったいないし、他に何かに使えるかもしれないから、片付けるよ。」と少し怒り口調になってしまいました。
 このエピソードの中で、私はどうして患者さんに怒り口調で話してしまったのだろうと検討したいと思っていました。品川先生に話すと「黒、命令、もったいない、怒るといううキーワードで作文を作ってごらん。」と言われました。それで私が思い出した子供のころの出来事がありました。
 私がきっと小学3〜4年のころ、寝るために布団に入っているときに母が、「明日はお母さん居ないけど(半日くらい)戸棚に色々買ってあるから、好きなの食べて待っててね。」と言われました。一人で留守番するのは初めてではないのに、その時はなぜか涙が出て止まりませんでした。私は布団に潜り込み泣きました。母は、「どうしたの?おなか痛いの?どうして泣いてるの?」と理由を聞かれましたが、声に出しては答えられませんでした。心の中では「なんで、お金に余裕があるわけでもないのに私のためにそんなに色々買ってくるの?買ってくれなくても、ちゃんと一人で留守番できるよ。それにそんな集まり行かなくたっていいじゃん。早く帰ってきて、たくさん私と一緒にいてよ。」と答えていました。
 母は今、一緒に買い物に行くと我が家の分も一緒にお金を出してくれてしまいます。母の中では、十分に母が思うように私にお金を使ってあげられなかったと思っているのかなあ。それとも、母の母(私の祖母)が、母に対して十分にお金を使ってくれなくて(余裕がなくて)母はたくさん我慢したので、その分、私に同じ思いをさせたくないということなのかなあ。と色々考えています。
 以上が今回の報告です。


2019年6月スケジュール発表の不具合
投稿者/品川博二
投稿日/2019年5月15日(水)21:49 [れす]


ケア・カウンセリング講座の受講生の皆さん
 現在、6月7月の研修スケジュールの発表がシステムトラブルの為に遅れております。復旧は来週半ばの見込みです。ただいま全力で対応しておりますので、いましばらくお待ちください。
 以下に臨時にお知らせ。
 6月 1日(土)水戸 ケア従事者の為の認知行動療法の理解
 6月 8日(土)東京 エンカウンター・グループ入門
 6月15日(土)仙台 インフォームド・コンセント
 6月22日(土)東京 透析患者インフォームド・コンセント 
 6月30日(日)札幌 透析患者インフォームド・コンセント

スケジュール
投稿者/会員さん
投稿日/2019年5月26日(日)09:46


 スケジュールの発表はまだですか??
 7月の研修も知りたいです。
 申し込みもしたいけど・・・。
 決まっている研修だけでも、ここで公開お願いします。
2019年6月7月スケジュール臨時発表
投稿者/品川博二
投稿日/2019年5月28日(火)22:59


ケア・カウンセリング講座の皆様 ご迷惑をおかけしています。
下記に臨時で日程のみ掲示いたします。正規の掲載は今しばらくお待ちください。

6月1日(土)水戸 ケア従事者の為の認知行動療法の理解
6月2日(日)全国 ON LINE個人ガイダンス
6月6日(木)千葉 柏市民講座(アロハート)
6月8日(土)東京 エンカウンター・グループ入門
6月9日(日)全国 ON LINE個人ガイダンス
6月12日(水)東京 東大臨床死生学講座(日時を下記のHPで必ず確認)
6月14日 千葉 インフォームド・コンセント
6月15日(土)仙台 インフォームド・コンセント
6月16日(日) 日本ALS協会宮城県支部総会講演
6月19日(水)東京 精神保健レジリエンス研究会
6月22日(土)東京 インフォームド・コンセント
6月23日(日)全国 ON LINE個人ガイダンス
6月29日(土)札幌 「かちん、むか、ぐさ」対人トラブルの心理学
6月30日(日)札幌 インフォームド・コンセント
7月3日(水)東京 東大臨床死生学講座(日時を下記のHPで必ず確認)
7月4日(木)千葉 柏市民講座(アロハート)
7月6日(土)名古屋 インフォームド・コンセント/透析患者の同意
7月6日(土)行動形成法セッション
7月7日(日)神戸 インフォームド・コンセント/透析患者の同意
7月12日(金)千葉 力動的心理療法の理論と技法
7月13日〜14日 東京 行動形成法ワークショップ
7月17日(水)東京 東大臨床死生学講座(日時を下記のHPで必ず確認)
7月19日 札幌市民講座 夢分析入門 
7月20日 札幌 家族DVへの行動形成法の適用
7月20日(土) 札幌 セルフケース検討会
7月21日 札幌 対人態度の心理学/対人態度調査票
7月24日 東京 精神保健レジリエンス研究会
7月27日(土)仙台 エンカウンター・グループ入門
7月28日(日)盛岡 インフォームド・コンセント/透析患者の同意
7月28日(日)行動形成法セッション
 

訂正します
投稿者/品川博二
投稿日/2019年5月29日(水)08:55


7月27日仙台、28日盛岡は、延期になっています。お詫びして訂正します。

「頑張れよ!」
投稿者/向日葵さん
投稿日/2019年4月29日(月)03:41 [れす]


私が勤務する外来を定期的に受診しているSさんは、認知症です。認知症の程度を調べる検査では、30点満点で6点です。診察でお呼びすると、笑顔で「どうすればいいの?わからないなあ。」と言いながら入ってきます。「この椅子に座って下さい」と言うと、「えっ、これ?わからないんだよなあ。」と言いながら腰かけます。そんなSさんを、奥さんはいつも笑顔で見守っています。奥さんの笑顔を見ると、私の心も癒やされます。
先日、予約表を渡しながら「奥さんの笑顔は、素敵ですね!」と声をかけました。奥さんは「ありがとうございます。N病院に行った時は看護師さんが追いかけて来て、『認知症ケアの見本のようです。』と言ってくれたんですよ。」と優しい笑顔で応えてくれました。私も同感ですと奥さんに伝えた後、Sさんに「素敵なお嫁さんをもらいましたね。」声をかけました。Sさんには理解出来なかったようなので、「Sさんと奥さんの笑顔を見ると元気が出ます。」と言うと、「そうか。頑張って!」と笑顔で応えてくれました。そして「握手しよう。」と言うので、Sさんだけでなく奥さんとも握手をすると、「何だ、二人とするの?頑張れよ!」と、もう一度エールを贈ってくれました。私は嬉しくて、思わず涙ぐんでしまいました。
あの時の私は、Sさんにケアしてもらったのだと感じています。
求めていたもの
投稿者/向日葵さん
投稿日/2019年5月2日(木)04:09


私がどうしてケアされたと感じたのか考えてみました。
私の親は共働きでした。そして、私には2歳年下の弟がいました。子どもの頃、母からよく言われた言葉は「早くしなさい!」と「お姉ちゃんでしょ!」の2つです。家事と育児と仕事で母は多忙な日々を過ごしていたのでしょう。だから、私が甘えたくて母に抱きつこうとしても「今、忙しいの。」とか「お姉ちゃんでしょ。」と言われて相手にしてもらえないことの方が多かったのだと思います。受け入れてもらえない寂しさを味わううちに、甘えることをあきらめてしまったのだと思います。父親は躾に厳しい人で、幼い頃は近寄りがたい人でした。
小学校1〜2年生の頃、担任の先生の机を取り囲むようにして先生と話している友達がうらやましかったけど、その輪には入れませんでした。休み時間におしゃべりしている友達の輪にも入れませんでした。多分拒絶されるのが怖かったのだと思います。
Sさんご夫妻が外来を受診するようになって2年位になります。Sさんはいつも明るく、奥さんはいつでも笑顔でした。それでも、あの日までは自分の心が癒やされていると感じることはなかったです。あの日の奥さんの笑顔は、今まで以上に穏やかで優しい笑顔だと感じました。慈愛に満ちていて、仏様のようでした。私の追い求めていた母と重なったのかもしれません。
「握手しよう。」と言ったのはSさんでしたが、Sさんの奥さんとも握手を交わしたことで、母の胸に抱かれたような安らぎを得られたのだと感じています。

協会と繋がりつづける理由
投稿者/通り過ぎれなかった人さん
投稿日/2019年5月16日(木)12:01


向日葵さん 今頃になって、ごめんなさい。
勝手に向日葵さんの投稿にじわ〜んとして、通り過ぎていけばいつもの私だったのに…。
サロンを開く度、向日葵さんの投稿にもどって、何度もじわ〜んとしようとする自分がなんだか可愛く、愛おしく思えてきて、結局レスを打っている…そんな自分ににんまりしています。

協会に在籍している方々の多くは、自身と真摯に向き合おうとする、そもそも自分に甘くない方が多いですよね。なぜ、自分が今こうなのか???を真面目に考えているなんて、周りの友人に話しても「ふ〜ん、そうなんだぁ。」で、終わってしまいそうです。決して熱心な会員ではありませんが、協会の講座に顔を出すたびに、わかってくれようとする同志に再会出来て、講義の内容はともかく(先生ごめんなさい)感謝の気持ちでいっぱいになり、その時抱えているお困りごとも「何とかなるよね?」と簡単に乗り越えられそうな気がしてくるから、勇気までもらっっちゃって、私ってなかなか実は単純な「かわいい人間」なんだなって思うんです。 皆様、ありがとう。

幼少期から、親に思いっきり甘えられなかったと感じているのも、多くの会員さんに共通している事のように思います。背景は皆違いますが、私も同様で、甘えさせてもらっていたかもしれませんが、自身では「甘えきれなかった」んだと思います。「しっかりした子供」(朝ドラのセリフ)のつもりで生きてきました。自分が親になって、子におもいっきり「過干渉でなく過保護に」甘えてきてくれることを喜びに接してきましたが、子は思うように甘えてきてくれません。子は子なりに私を観察して「甘える事」をコントロールしてくれているのかもしれませんね。彼は大きくなって自身をどんなふうに自己分析するんだろう?と思うと、また、私のようにいい出会いに恵まれますように・・・と祈るばかりです。

向日葵さんの学校でのエピソード、私の事かと思う内容で…文字に起こしてくださって感謝です。向日葵さんのような患者様とのふれあいは残念ながら私にはまだ訪れていませんが、私を抱きしめてくれる存在は、向日葵さんが在籍してくれているこの協会です。
向日葵さんのお顔を存じ上げません。けれど、講座のこの空間に向日葵さんがおられるかもしれないな〜。も私には心の癒しです。だから私は在籍しつづけるのだと今回思いました。

いつだったか、上司が背中をさすってくれました。わけもなく涙が出てびっくりしました。それ以来、患者さんの背中をさすったり、手を握る事が増えました。「泣けてスッキリした。」と言って下さる方もおられました。
向日葵さんのおかげで、なぜなのか少しわかった気もします。

向日葵さん、ありがとう。いっぱいいっぱい ありがとう。  です。


通り過ぎれなかった人さんへ
投稿者/向日葵さん
投稿日/2019年5月22日(水)07:50


通り過ぎずにレスを打ってくださって、ありがとうございます(*^^*)
通り過ぎれなかった人さんのレスを読んで、じわ〜んとしている私がいます。
友達の輪に入れなかったのは私が引っ込み思案だからだと思っていたのですが、「へーっ、拒絶されるのが怖かったんだぁ!なるほどねえ。」と、投稿した後で答えを探し出せたように感じています。それだけでも投稿した甲斐があったと思っていましたが、通り過ぎれなかった人さんと想いを共有出来たことは、大きな喜びです。
実は、研修の日程と自分の都合が合わない日々が続き退会しようか迷っていました。最近になって研修で学んできたことが、点と点が結ばれて線になるようにつながってきました。次は自分の言葉で説明出来るようになりたいと思います。
通り過ぎれなかった人さん、どうもありがとう!
過去を含めた「丸ごと自分」の居場所
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2019年5月27日(月)02:00


向日葵さん、投稿ありがとうございます。(脱会しないで下さいね。)
友達の輪に入れなかった小学校の時のエピソード!…私にもあります。
小学2年生の時から4年生頃まで、書道を習っていました。きっかけは、母が連れて行ってくれた展覧会です。筆で書いた文字の美しさに魅了され、『私も上手な字を書けるようになりたい!』と思ったのでした。
同時期、ピアノを習いたいとも思っていたのですが、何も言わないうちに母から「みんな(他の母親たち)、ピアノ習わせでるって言うけど、おらい(我が家)でぇぁ無理だがらな。習わせるど買えって言われるし、おらいにゃぁ(我が家には)置ぐどごないし…(当時は狭いアパート暮らし)」「あんだは、一回に二つは無理だがらな」と矢継ぎ早に言われて、「ピアノを習いたい」なんて言い出せなかったのでした。
そんな折、学校では…
ピアノを習っている同級生の女の子数名が、授業の合間になるとオルガンの所に集まって得意そうにバイエル等の曲を弾きはじめるのです。
私はそこに行って聞いてみたい気持ちになっているのですが、一回も行くことが出来ませんでした。
その時になると「あんだは、一回に二つは無理だがらな」という母の言葉が頭の中で反復して、そこに行こうものなら、『頭の悪い自分』を突き付けられ、思いっきり『惨めな自分』を味わうような気がしていたのです。
3年生になって、学校で楽器に触れるチャンスが巡ってきました。
当時、器楽部と合唱部があって、どちらに入りたいか、希望が募られたのです。
私は、器楽部に申し込みました。楽器に触れたいという気落ちは、もちろんありましたが、それ以上のものがありました。
それは…
器楽部は、コンクールに私服で出ていたからです。合唱部にはユニフォームがあり、「ユニフォーム」というキーワードでもって、母の文句「買えって言われる」が私の頭の中で増幅したのです。
器楽部に申し込んだことで、私は、その言葉の増幅から『逃れられた』…筈でした。ところが・・・
当時の担任教師(新卒の女性教師)は、私に無断で『器楽部の申込みが多かった』という理由で、出席番号順で最後の私を合唱部の入部者にしてしまったのです。
最初の練習日、みんなが各教室に分かれていく中、私は校庭に行き、一人でブランコをしていました。(先生には『肯定』されなかったから一人で『校庭』に居たぁ?…笑)
担任教師はブランコをしている私の所に来て、練習に参加しない理由をあれこれ聞くのですが、私は黙りこくって本当の理由など話しませんでした。 ー続くー

続きです
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2019年5月27日(月)02:40


さて、
上記に書いたような自分を「形成されてしまった」私は、未だに事あるごとに卑屈になり、いじけ、『どーせ、私は…』という気分が台頭しやすくなっています。
4月から仕事内容が変わり、見た目は「相談室という数名の机が並んでいる空間(少数職種の集まり)」で、みんな各々違う仕事をし、一日たりとも休憩時間が一緒になる事はありませんし、その数名だけの休憩室もありません。お昼はみんな「お一人様状態」で、人によっては自分のパソコンの前から離れずにその場で食事をしているという、ナントモ、「昭和のおばさん」にとっては、違和感満載の空間に置かれています。
2か月が過ぎようとしている今、全く畑違いの「ブラックホールに投げ込まれた状態」から「輪郭が見えてきた状態」になってきていますが、たった2ヶ月足らず前に居た医務室にさえ「よそに行くような感覚」に晒されている私です。…疎外感を感じるのです。
昨年度、一緒に働いていた私と同じ立場の臨時看護師は、4月には不安な表情で「何かあったら手伝ってね」と言っており、私のモチベーションが保たれていたのですが、若い新人さんが慣れてきた今となっては、その臨時看護師の表情が変わり、私が手伝おうと思っている事があっても「○○さん、いいから。」と、余計なことはしてくれるなと言わんばかりの態度に出ることが多くなってきました。
そんな中、
最近、私の居場所はここ(お話しサロン)だという気持ちが、今、最大の私の「心の支え」になっています。(私の心情は、現在の同居者である夫に話しても、分からないことが大半ですから…)
そして、(以前にも書きましたが)時々、『向日葵さんも頑張っているんだろうなぁ…』と思えることが励みに繋がっているのです。
研修に行って皆様とご一緒するのはもちろんですが、研修に行けない時にこのサロンを訪れることも、モチベーションのアップに繋がってきます。
向日葵さん、時間のある時でいいですから、また書き込んでくださいね。(共通事項が多いですから…)

通り過ぎれなかった人さん へ!
投稿者/名無しの会員
投稿日/2019年5月18日(土)22:47 [れす]


いいなあ、あなたの書き込み。とても素敵です。うまく言えないけど、素敵です。

Aさんと私の肯定的な関わり
投稿者/ゆうさん
投稿日/2019年5月13日(月)10:58 [れす]


Aさんは、若いころの大変だった話やそれにつながる話は「話せないのよ。」と言います。私は、私に話さないことを、私に対しての拒否とは感じていません。私に対して“見せたい自分”だったり“伝えたい自分”を話してくれていたのだろうと感じています。時々、一般的にもあると思われる大変だった話を話してくれましたが、私は返事に困り、「そうかあ。」としか答えられませんでした。「大変でしたね。つらかったですね。」などという返事は表面的過ぎて、それがAさんには読み取られてしまうしそれを感じる方だと思っていたので、「そうかあ。」としか答えませんでした。
Aさんは娘さんのこと、孫さんのこと、両親のことを時々話してくれました。父は母にとても優しくて誕生日には反物を選ばせ、着物をプレゼントしていたから、自分も結婚したら、夫にそうしてもらえるものだと思っていたけど…。とか、母は体が弱く入院することが多かったので、姉もいたが、自分が料理をすることが多かったこと、また、兄が二人無くなっていて、両親は自分を男の子として育てたかったのだろう。だから、薪割もさせられた。などの話をしてくれた。Aさんは子供のころとてもおてんばだったけど、両親の前ではおりこうさんにしていたのだあと感じ、私は自分の子供のころに重ねていた気がする。

桜が咲いてお花見の時期に、Aさんの素敵な話を聞かせていただいた。
Aさんが20代前半のことだと思う。Aさんは妊娠中で予定日を過ぎていたため、受診したが、医師から「まだ、産まれそうにないからお母さんとお花見でもしておいで。」と言われ、お母さんとお花見に行った。お母さんと二人でゆっくりとゆったりとした気持ちで桜を眺め、お母さんに「大丈夫?疲れない?」と聞かれたが、全く疲れず「大丈夫。」と答えるとお母さんが「お団子食べようか。」と言ってくれた。お母さんと二人でお団子を食べて、夕方に病院に戻ったのよ。と70代の女性が、20代前半の表情で話してくれた。母になろうとしているAさんが子供のころに十分に味わうことができなかった母の大きい愛情に甘えられ、独り占めできた時間だったのだなあと感じ、とても切なく幸せな気持ちになった。

Aさんは子供のころの話をするときは子供のような表情、娘さんの話をするときは母の表情、孫さんの話をするときは現在というように、すごくリアル表情が変わるように感じる。そして、そのたびに、私の母もこんな風に私のことを思い、私の子供たちのことを思ってくれているのかなあと思うと、Aさんの話の内容に「そうかあ。」としか言えなくなってしまう。
Aさんは、ほかのスタッフには面倒な患者ということになっているが、私には私がたくさんの気づきをし、成長するためにとても大切な患者だった。骨折をしたときに、医師から「もう歩けないよ。車いす生活だから独居は無理だよ。」と言われ、「人生終わった。(自分らしく生きられない)」と思ったようだが、現在は、一人で歩けるようになり、イキイキと独居しているはず…。

ステキな交流です
投稿者/デージー
投稿日/2019年5月14日(火)19:26


 ゆうさん
 なんという感じでしょう。あなたとAさんとの交流がじんわりと伝わってきます。難しい理論ではありません。ただ、お二人の交わりが、それぞれの人生の切なさを温め合っているような、何とも言えない、交わりです。
 とても懐かしいような、ちょっと隣には孤独も居るような、スリルもありますね。でも、あなたとAさんとの、お二人の間に、お互いが居場所を見つけたような、素敵な書き込みでした。いいな〜!

私発!被災者の今、情報 92
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2019年5月7日(火)23:47 [れす]


新年度に入って、とてつもなく忙しい「怒涛の1ヶ月」が、またたく間に過ぎ去りました。
ここ数年間というもの、自分の意志とは全く無関係に毎年、仕事内容が変わっている私・・・東日本大震災津波によって、これまで生きてきた「自分の根拠地となるもの」を9割かた流され、前頭葉がかなりのダメージを受けたことを自覚している私・・・未だに、その「後遺症」は続いています。

被災当時、「阿吽の呼吸」で仕事出来ない自分を感じていた私にとって、新年度を迎える度に新しいことを覚えていかなければならないストレスは、かつての自分の想像をはるかに超えたすさまじいものと言っても過言ではありません。(一説では、ダメージを受けた前頭葉の傷はMRIに?写るそうですが、私も検査を受けたら写るんじゃないか?と思っています。)→ 目に見える変化では、髪の毛の量は8年前の半分位に減りました。シャンプーする度に驚くほどの抜け毛があって、その抜け毛の量は加速度的に増えています。家庭生活でも仕事上でも、思うところが多すぎて、「と〜っても、あだま(頭)はげたでられねゃぁー(どんどん禿げてきりがない)」と、雄叫びをあげながら暮らしている状況なのであります。…ハイ

私の新しい仕事は「機能訓練指導員」(臨時職員の身分には変わりありません…余談ですが、仕事内容や役割をネットで調べていて、書かれていた給与の相場よりも、自分の給与が10万円近く安いことにビックリ!かつ、ガックリ…)
1年雇用の辞令なので、毎年、2月末頃になると「次年度も働きますか?」という内容の「面接」なるものを受けるのですが、そこで述べた「働く場所の希望」が叶うという類のものではありません。
いざ、4月になってみれば、上司から「こういう訳で部署が異動になる」というような説明が一切なく、(「それを見ておけ」と言わんばかりに)作業テーブルの上に無造作に名簿のコピーが置かれ、気付かなければ見過ごしてしまうところでした。
施設では加算を取るために、昨年度、この分野を立ち上げているのですが、前任者からの引き継ぎは雑なもので、肝心かなめの「個別の訓練内容」に関しては、「以外といろいろなこと出来るから」といったような感じの説明で、想像すらできない状態でした。
実質上の配置は一人です。(前任者は「看護師兼機能訓練指導員」となっていますが、実際は、看護師の人数が少なく、看護業務に専念せざるを得ない形になっています。しかも、雇用形態として週3回しか勤務していない方なので、私と勤務日がなかなか合わず、分からないことがあってもリアルタイムで聞くことが出来ないので、「泣きを見ている」現状なのです。

介護職員は年度途中の退職者を含め、3月末で計8名ほど退職していて現時点では1〜2名の補充しかなく、入居者約80名+ショートステイ数名の食事時間は、介護以外の職員も総出で介助に入っているのが現状です。
その食事介助を巡って、今回の本題となる物語が展開します   −続くー
続きです
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2019年5月8日(水)02:24


機能訓練指導員の仕事は食事状況の把握も重要な仕事の一つです。
先に書いた職場の状況もあって、施設長(女性)は、『とにかく食事介助を何とかしなければならない』という事で頭がいっぱいのようです。
私が仕事内容の説明を伺いに行った時も、『機能訓練の仕事内容より食事介助が優先』というオーラを存分に出していました。

世間は「史上初の10連休」に一喜一憂していましたが、私は10連休の殆どを返上して、慣れないパソコンの機能習得及び、前任者の「テキトー」すぎる訓練内容の設定を全員分(約100名分)組み直して入力し直し、日々の訓練内容は一括入力できるような画面作りに没頭していました。
連休最終日の6日は勤務日でしたので、関節拘縮が強すぎる方を中心とした訓練をしながら、なかなか進まない入力作業を21時過ぎまでかかって終えました。(そうしないと7日からの通常業務がスムーズにいかなくなるので…)
もちろん朝・昼の食事介助も行いましたので、本来の自分の仕事時間は1時間ほどロスしています。
7日も引き続き勤務でしたが、私は疲れていて、立つと体がふらつく状態でした。気象病のような感じがあり、喘息治療もしているので、頓服のステロイド剤を服用してしのいでいました。
4月にも急に咳込んだ時があって、食事介助出来ない状態になったことがありますが、7日は朝も昼も出来ない状態でした。訓練を実施するのも『大丈夫かなぁ』と思うほどで、でも、連休明けで入居者が心待ちにしているから…と自分を奮い立たせ、薬を飲んで落ち着くのを待っていたのです。
施設長は、同じ部署にいる職員を見向きもせず、声もかけず、一目散に食事介助へ行きます。私は、『やっぱり、午後に休み貰おうか?』と思いながら、『これだけは今日、やらなきゃいけない』という内容のものを入力していたのですが、そこへ戻ってきた施設長は、私から少し離れた場所でありながら、(私が施設長の視線を感じる場所で)私に向かって「食事介助は手伝ってくださいね」と言ったのです。
この言葉に私は過剰反応しました。
「今日だけ」と懇願するように施設長を見た後、まるでもう一人の私が飛び出してきたように「いつもやってますよ!」「昨日だって2回ともやりました!」「一日だけのことで言わないで下さい!」と、矢継ぎ早に言ってしまったのです。その後です。益々、とてつもなく具合悪くなって、昼食は食べずに入力作業を続けている自分が居ました。自分で『あぁ、精神病的状態だぁ…』と思いながら、震災直後から何年かの自分の状態に引き戻されたような感覚にもなりました。

震災後の2年間くらいは自分の精神が「子どもの状態」でした。涙は数えきれないくらい出ましたが、誰もいない日中、家の中で泣きだし、本当に子どものように「え〜ん。え〜ん。」と声をあげて泣いている時がありました。(誰かが居る時は自制が効いているのだと思います)しかし、その後は気分が落ち着いてスッキリしていました。そういったような心の変化を繰り返しながら、8年たった今は、かなり正常に戻ったと思っていました。
ところが、
私の「子供のような依存状態」が、自分でもびっくりする勢いで飛び出してきたという事なのだと思います。(「何故、今日は食事介助できなかったの?」というような声掛けをしてほしかった。「主任はいつも食事介助しないけど、それは許されるのね!?]という依存と子どもの反論)

話は変わりますが、上皇様が天皇陛下を退位なされた時のお言葉(被災者へ向けたお言葉・平和への願い・寄り添い・感謝のお言葉)を何度もテレビで拝聴する度、涙があふれてくる私が居ました。


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