お話しサロン

018329  [強化!:宣伝書き込みを減らす!] [携帯からアクセス] [検索]
題名
お名前
Mail アイコンサンプル
文字☆  削除用パス[4字以上]☆

千葉ケア・カウンセリング講座
投稿者/品川博二さん
投稿日/2018年7月18日(水)09:38 [れす]


千葉ケア・カウンセリング講座は、ケア従事者を始め広くケア・カウンセリングに関心をお持ちの方々を対象に毎月定期的に開催しています。
毎月のテーマに、後半は必ず行動形成法のセッションが組まれていて、この講座だけでケア・カウンセラーの必要単位が取得できます。
皆様のお出でをお待ちいたします。

<スケジュール> 毎月(金)10時〜17時
7月20日  セクハラの心理学/深層構造
8月17日  ケア従事者の為の夢分析入門
9月21日  ケアハラの構造/親子関係病理
10月19日 「コミ障」対人態度の心理学
11月16日 がん心理リハビリテーション試論
12月14日 認知症の心理と行動
*構成的集団認知行動療法演習(15時〜17時)
*日程変更の可能性もあります


銃口を向ける存在
投稿者/先日はじめて受講しました☆さん
投稿日/2018年7月14日(土)12:35 [れす]


わたしと子どもたちは、ある面で偏りのある夫と長い間生活していました。
もう何年も前の、子どもたちが幼かった頃のできごとを語らせてください。
長女は感受性豊かで多感な子でした。父親の「不機嫌」の影響を一番受けていました。父親の「不機嫌」は原因もルールもなく突然はじまります。彼の「不機嫌」によって私たちは瞬時に存在も何もかも全否定されたような気持に追い込まれます。(彼がどういうつもりだったというのはこの場合、周りの者にはわかり得ない話です。後付けでどういうつもりと説明されたってそれは同じことなのです)一緒に暮らす者にとっては最たる恐怖でした。
ある時、わたしと子ども達だけで外食に行ったときのこと。案内されたテーブルが高かったので、幼児用の座イスを使おうと次女が座ると、ブーブーと音のなる子ども用イスでした。次女はそれが気に入って何度もブーブーとやって喜びました。すると、隣のテーブルにいた家族の父親が「…うるせーな!」とこちらまで聞こえるように言い出しました。その苛立った男性の声に即座に反応したのが長女です。半ばパニック状態で「〇〇(妹)うるさい!うるさいっ!」と妹を激しく責めたてはじめたのです。
このとき長女はまだ5歳。周囲を気づかって妹を静かにさせようとしたのではなく、男性の声で条件反射のスイッチが入ったのです。はからずもそれは父親の「不機嫌」に直面した時と同じ条件下でした。
普段の生活の中で、父親の機嫌を損なうことは長女にとっての命の危機にも匹敵するものです。彼女は、銃(比喩表現です)を持つ父よりも、銃口を向けられる対象を自分から遠ざけようとすることで父親に適応する保身術を身につけてしまっていたのでした。
このとき、長女にとって苦手なXさんは、父親の不機嫌を誘発しているかのようにみえた妹。妹が自分の近くにいたせいで自分側に銃口を向けられたのです。
あらかじめ「こんな振る舞いをすれば怒られるかもしれない!見下され存在否定されるかも!あぶない!だから息の根をとめてしまえ」という内なる銃口を自分側に向けておけば、現実世界で父親から銃口を向けられる可能性を減らせる。
夫によって、子どものまっさらな心の中に、弱者への憎悪のタネが撒かれてしまっていたことに気がついて愕然とした一件でした。

ちなみに。長女の条件反射について父親は「長女はオレの気持ちを考える子で、オレに気をつかおうと頑張ってる健気で素直な子」と表現しています。悪意の根源って陳腐なものだなぁと悲しくなります。

苦手なXさんとは何ものか?!
投稿者/品川博二さん
投稿日/2018年7月9日(月)23:05 [れす]


私たちの誰もが「苦手なXさん」を抱えている。出来ることなら、そのXさんとは同じ場面を共有したくない。その者が何故、苦手なXさんなのかと問われても、きっとうまく説明できない。「虫が好かない」「馬が合わない」などと曖昧な言い訳を言う時もあるし、何とか排除する理由をこじつけることもあろう。
しかし、私は知っている、これらの理由が実は合理的がある訳ではないことを!
そう、苦手なXさんの正体は、なんと自分自身の内側に潜んでいるらしいのだ。私を苦しめる苦手なXさんは、それを具象化する者でしかない。相手と話し合う機会を得れば、何と自分の被害妄想を思い知らせられるのである。しかし、その時点では、しばしば、私たちは苦手なXさんを排除する行動を取ってしまっている場合が少なくない。もし、自分が苦手なXさんを排除できる優位なポジションを利用したとすれば、人生最後の場面で、必ず後悔することになるだろう。苦手なXさんとは「生きられなかった、もう一人の自分」なのだから!

 7月15日(日)10時〜16日 「がんばれ!子供村」(池袋) 飛び入り歓迎!
苦手なXさんとは?
投稿者/まだ、入会したての会員ですさん
投稿日/2018年7月10日(火)09:52


苦手なXさんとは「生きられなかった、もう一人の自分」というフレーズに惹かれます!なんだかドキドキします。私の職場にも、私が苦手とするXさんが居るからです。彼女と同じ職場に居ること自体がストレスです。声を聴くのも顔を観るのも嫌です。でも、彼女はそこそこに仕事は出来るし、他のナースの評判も悪くありません。ではなんで彼女を嫌うのか、そこが一番の問題ですが、ここまで書き込んでいて、その理由を知りたくない自分が居るのがわかります!ギャー、彼女は私の「もう一人の自分」なんですかね!
苦手なXさんとは?
投稿者/勿忘草さん
投稿日/2018年7月10日(火)20:39


苦手なXさんとは、たぶん、私の人生の最大の「敵」ですね。できれば外に発見したいのですが、この協会に「入信」してしまったので、自分の中にさがすのですね。
あ〜めんどくさい((+_+))
結局は、自分自身との「人間関係」なんだね
投稿者/浦島花子さん
投稿日/2018年7月11日(水)18:42


結構、私はこの協会とも長いお付き合いになりました。最近はなかなか研修にも行けず、ちょっと品川先生のお顔を忘れそうです(先生、まだ髪はご顕在ですか?)。
 で、思うけど、この苦手なXさんは以前から繰り返し語られてきたテーマなんだよね。なんどか研修に出た時は、分かった気がしてたけど、最近はますます自分自身が謎が深まったかな。でもジタバタしても、後ん十年で私も定年だし、そろそろ自分のあり方を、自分で整理できなくてはと思うようになった。勿忘草様が「めんどくさい」とつぶやかれたことも、私も理解できます。でも、やるっきゃないしょ!
品川先生、まだ、まだお元気でいてくださいよ!グーたら会員がいまっせ((+_+))
私の苦手なXさんは夫です
投稿者/ダリアさん
投稿日/2018年7月12日(木)23:54


 私の苦手なXさんは夫です。長年連れ添ってきましたが、今では愛情などこれっぽちもありません。彼と同じ空間で息を吸うのも嫌です。私の人生の最大の失敗は、この男と結婚してしまったことです。
 でも、何と言うことでしょう!二人の子供の存在は、私の生涯の宝です。しかし、すでに彼らも独立して家庭を持っています。彼らの為に、離婚しないで耐えています。一日でも早く夫にお迎えが来ることを、励みに毎日を生きているのです。
皆さん、ごめんなさい。こんな見苦しい書き込みをしました。ケア・カウンセリングを一度でも学んだ私ですが、何とも惨めな日々を送っています。
根深い怨みですね!
投稿者/肉屋でダイコンさん
投稿日/2018年7月13日(金)08:32


 昨夜、ダリアさんの書き込みを読んで、久しぶりに書き込んでみます。私の失敗の体験から言うと、この手の「ご主人さん」は、そこそこの夫ですが、あなたの怨みを担えるほどの悪人ではありません。ダリアさんは、夫に過剰な役割を負いかぶせているのでは?多分、あなたは彼と日常での問題をそれこそシェアリングしていないでしょう。話し合って現実的な「落し処」を発見する前から、「諦めている」からです。すると、あなたの「被害妄想」(ごめんなさい!)は、訂正されることなく、どんどん私のウエストの様に肥大化するのです。
 ダリアさんの怨みの深さの書き込みに、かっての私自身を思い出し、何年ぶりかで書き込みしました。私の一方的な思い込みをお許しください。


ふと思ったこと
投稿者/各駅さん
投稿日/2018年7月5日(木)08:37 [れす]


二人の詩人の詩の違いに驚いた
A氏私には風で倒れるだけの高さがない(1)
  足の下に踏まれてばかりいるくるしみ、陽のあたるところに出たことのないかなしみ(2)
B氏待っていたかのように花が咲いた、花がさくんだ
同じ題材なのに感じ方こんなにも違うこの違いわなにかな?

「ハン」と「ブック」
投稿者/ベイブリッジさん
投稿日/2018年6月30日(土)15:42 [れす]


昨日公開の「ハン・ソロ」見てきた。
コメントは省略するが、消化不良な気分だったので、以前品川先生が「これはよかった!」と言っていた「刑事ジョン・ブック」を見ることに。
ツタヤでは「アクションドラマ」のタナにあったが、アクションでもなく刑事モノものでもなく、ラブストーリーだと思った。
アーミッシュの掟、交わることのない文化の中で愛し合う二人。
警察の掟、道を外した刑事とそうでない刑事の対決。
消化不良の気分もスッキリ解消されました。
ちなみにハンもジョンもハリソンフォードのことです。


「認知症の心理と行動」を受講しました
投稿者/初めての受講生さん
投稿日/2018年6月25日(月)10:19 [れす]


 昨日、名古屋で初めて品川先生の講義を受講しました。まったく目から鱗の講義に、今も興奮気味です。これまで何人もの講師の認知症のお話をうかがいましたが、まったく別次元の講義で、実はかなり消化不良でもあります。そうですか!認知症は記憶障害というよりは、時間体験の障害で、「現在」を失い。「いま」だけで生きているのですね?
何人もの利用者様の顔が浮かびました。あの老人たちはこんな世界に生きているのかと、改めて驚きです。まだまとまらず、うまく書けませんが、ぜひ、また品川先生の講義を聴いてみたいと思います。どうもありがとうございました。

素敵な講座
投稿者/私は納得さん
投稿日/2018年6月27日(水)10:43


初めての受講者さん! 私は名古屋ではありませんが、本当に、先生の認知症講座は、ほかの先生では聞けない内容ですよね。そして、私はとても納得しています。
なんで笑顔が必要か、しっかり見つめてあげなければならないかがしっかり分かる講座ですよね。
是非次の講座にも参加してみてください。二度の驚きを受けると思いますよ
「認知症の世界」の片隅で・・・
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2018年6月30日(土)00:00


半月近く前のことです。
ある女性入居者さんの点眼に行きました。(いつもは車椅子に座ってうなだれるような格好をしていて、なかなか上を向いてくれず、点眼には至難の業が必要な方です。声掛けに対する返答が殆どなく、私にとっては「苦手なXさん」の部類でした。)

その日は居室のベッドで休んでいました。『今日はどうして起きていないんだろう?』『具合が悪いのかな?』『機嫌が悪いのかな?』・・・いろいろな思いがよぎります。
「○○さん、おはようございます。」(こっちを向いてくれました)
「目薬をしてもいいですか?」(無言ですが、拒否する様子はありません。)
「あらぁ〜、今日は、とっても涼しそうな、ステキなお洋服、着てますね。」
その時です!
「あんださ(あなたに)何も、やるものねぇなぁ」と、○○さんが言いました。→「自分=○○さんをほめてくれた看護師さんに、お礼として渡す物を、今、何も持ち合わせていない』という意味。
私の想定外の展開です。『こんなに普通の会話が出来るんだぁ』と、一瞬、驚きの時間がありました。
この様なやり取りがあった場合、今までの私だったら「何もいらないよ」と、返していたと思いますが、この時は「○○さんの笑顔でいいよ」と言ってみた私です。
そうしたら、「んへへへ〜〜」と、○○さんは満面の笑みを私に向けてくれたのです。 同時に私も「貰い笑み」を返していました。

どうか、お体を大切に・・・
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2018年6月25日(月)23:56 [れす]


大阪北部地震から1週間がたちました。地震から2日たった6月20日には九州を中心とした西日本での大雨!テレビで氾濫寸前の川の様子を見ましたが、画面だけでも恐怖を感じたので、実際、現場にいらっしゃる方々は、言葉が出ない程の恐怖に苛まれたことと思います。
おそらく、大阪も雨に見舞われたのではないでしょうか?

私が住んでいる地方でのテレビ放送では、主にブロック塀のことや、熊本城の崩壊の様子のことが伝えられましたが、一般の方々が被災された後の状況というのは、おそらく想像を絶する今の状況ではないだろうか?と感じております。(テレビで伝えられることは、ほぼありません。)
被災から1週間という時期は、疲れがピークを迎え始める時期ではないだろうか?と思います。大阪では、ガスが使えるようになったという事で、一応、一安心だと思いますが、そうやって、一つ一つ復旧・復興が確認されていくのと反比例するかのように、各人の精神状態はきつくなっていきます。これに、身体的疲れが重なってきますから、被災された方々の健康状態が非常に気がかりです。

梅雨が明け、一気に暑さが襲ってきています。
今回、被災された地域は、私が住んでいる岩手県より地盤が弱い地域だと思いますので、雨による二次被害があったり、私の想像を絶する猛暑に襲われたり、台風被害に遭ったリする可能性を考えると、いたたまれなくなります。

岩手・宮城内陸地震から今年で10年目!(節目の年って、何か起きるんですかねぇ…)
この時も、今頃の時期だったような気がします。(孤立してしまった集落があって、道路が開通するまで、かなりの期間があったように記憶しています)
この地震から3年後に東日本大震災が起きました。

復興は長期戦です。
どうか、お体を大切に・・・ 少しずつ余力を残しながら頑張って頂きたいと思います。



ハラスメントの心理学/自他境界の越境
投稿者/品川博二さん
投稿日/2018年6月24日(日)00:06 [れす]


2018年総会(浅草)&プレゼミテーマ(試案)
国際労働機関(ILO)総会は2018年6月8日、職場での暴力や、セクハラなどのハラスメント(嫌がらせ)を防止する条約の制定を求める報告書を採択した。この報告書により、来年の総会で条約の制定に向けた議論が行われる。報告書は、規制対象として「身体的、心理的、性的、経済的被害をもたらす可能性が高い行動」を挙げた。条約が制定されれば、ハラスメントに関する法的規制の国際基準となることが期待される。しかしながら、米国や、日本の政府代表は条約制定に慎重な姿勢を示している。
 日本政府代表が慎重な姿勢を示すのは、「国内法の整備が不十分」であるからという。確かに、現在、パワハラ・セクハラについての法的規制は極めて不十分である。男女雇用機会均等法(11条)も人事院規則(10−10)も、基本的に役所と会社のセクハラ対応義務だけ(人事院規則には職員へのセクハラ防止の注意義務はある)。つまり、「ハラスメントをしてはいけない」という禁止の規定がない。禁止規定がないので、禁止の対象となる行為の定義もない。従って、誰が聞いてもおぞましさを禁じ得ない前財務次官の言動に、「セクハラ罪はありませんから!」という麻生大臣の発言になるのである(後に取り消したが)。
 この何とも曖昧なハラスメントの概念に対して、権力を持つ側の実行力は、極めて強力かつ現実的である。部下の些細なミスに難癖を付け、密室で辞表を出すまで詰問をする看護部幹部。その女子大学院生の自主性を少しも顧みず、自分の方針を押し付け、素直に従わなければ事実上指導をボイコットする教授(アカハラ)など、事例は上げれば切りがない。また、目黒区幼児虐待死事件で、親に書かされた5歳の女の子の「反省文」は私たちの胸を締め付ける!
 これらのハラスメントの現象の奥には、「自他境界の越境」の構造が潜んでいると思われる。私たちケア・カウンセリングを学ぶ者は、現象だけに目を奪われてはならない。その構造に着目し、ハラスメント行動を起こさせる因子を解明しこれの防止を展望する必要があるだろう。「自他境界の越境」の被害者の叫びだけに耳を傾けても、「自他境界の越境」の加害者の心理にも目をやらない限り、ハラスメントの火種を消すことはできないのである。



寄り添うケアとは?
投稿者/品川博二さん
投稿日/2018年6月7日(木)19:59 [れす]


看護師・介護士をはじめ、多くのケア従事者は「寄り添う」という言葉をよく使います。あまりに当たり前に使われているケア用語ですが、案外その定義は曖昧です。一般には寄り添うとは「ぴったりとそばへ寄る」(大辞林)を意味します。「ベンチで寄り添う二人」とくれば、かなり空間的に密着しています。しかしながら。ケア・カウンセリングでは、やや異なる理解をいたします。
まず「寄り+沿う」の「添う」を別の漢字「沿う」を当てます。ここで「寄り」は空間的アプローチを意味し、「沿う」は時間的アプローチと理解ください。
例えば、認知症の患者さんの空間把握に障害がある場合、ケア従事者が「寄る」には少し工夫が必要です。患者の視野の中に自分を置き、少しづつ接近する必要があります。そして身体接触には、十分な「馴らし」が必要です。これが空間アプローチです。これらの空間アプローチを再編成したのがユマニチュードです。 
さて、同じく記憶に障害があれば、担当ケア従事者の顔を認知できませんから、改めて自己紹介から始めるのが時間的アプローチです。また精神科の患者の妄想は、「生きられた時間の歪み」を、その患者が何とか「語り」の行為を通して、他者と共有化する試みと理解できます。妄想のコンテンツ(内容)にこだわらず、「語り」の空間を共有しながら、「流れる時間」を傾聴することに精神科看護のエッセンスがあるでしょう。また、ターミナルケアにおける、患者の「死に照らし返される命」の時間を共に過ごすことにケア・カウンセリングのすべてが込められていると確信します。
そして、行動形成法においては、事例提供者が時間の中で学習した回避行動を、
「いま、ここで」のロールプレイ空間で、再構築することに感動を覚えます。
 「寄り沿う」ケアとは、ケア・カウンセリングの全てが含まれています!



難しい!でも、わかります。
投稿者/勿忘草さん
投稿日/2018年6月8日(金)20:45


先生、これ難しいです!何回読んでも難解です。でも悔しいですが、なんとなくわかるんです。どうしてかな?私は頭が良いのか悪いのか?精神科の説明は経験が無いので、さっぱりですが、認知症のイメージはナルホドです!こんなレベルの低いレスでごめんなさい。だれか先輩の会員様、私よりましなレスをお願いします。
寄り沿う…難しいです。
投稿者/Dさん
投稿日/2018年6月22日(金)03:57


何か自分の中で見えてきたことがあります。
先生ありがとうございます。
 私は、先生の考える「寄り沿う」ケアというよりは「寄りかかる(依存させている)」または「突き放す」ような距離感を臨床で作り出しているのかもしれません。距離感が近すぎたり遠すぎたりするために、「沿う」ために大切な時間を捻出できなかったり、入り込みすぎたりしてしまうのかなぁと感じてます。
 だからこそ、共有化や行動変容に不足を感じてしまうのだと反省しております。 難しいけど「寄り添うケア」実践していきたいです。

自他境界の越境?
投稿者/やっと分かった!さん
投稿日/2018年6月20日(水)06:16 [れす]


「5歳の女の子が必死に書き込んだ言葉は、あの親たちには届かず、日本中の大人たちに「我が子、我が孫」の声として響き、涙を誘った」という品川先生の文章と、表題の「自他境界の越境」という意味が、やっと分かった!
 ニュースや新聞記事での報道だけでは、あくまでも痛ましい悲劇という情報だったけど、結愛ちゃんの「ゆるしてください」の文章は、私たちの胸に届くメッセージになった。情報では自他境界を越えられないけど、メッセージは自他境界を超えて私たちの心に響くということですね?この理解でいいですよね?


☆書き込みを削除したい時は、□をチェックして削除用パスを入れて削除ボタンを押して下さい [訪問者用]
☆管理人用を選んでパスワードを入れ、削除する書き込みを選んで削除ボタンを押して下さい。 [管理人用]


Script by CGIサービス
いるかBBSはレンタルできます。
[ホームページ] [管理人 → 事務局]
いるかBBS - ver.HighClass_mini 1.6(4.97) ○タグ