お話しサロン

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明日へ一歩
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2018年3月30日(金)00:06


今、私の身は、あらたな局面に晒されています。昨年の今頃は自分の意志で決定した職場に身を置き、この1年間は苦しい局面に立たされても、もう一人の自分が『お前が決めた道だろ?頑張れなくてどうする?』と喝を入れていました。
ほんの2週間ほど前、『寝耳に水の人事異動』を言い渡されました。(今の職場は、関連の施設がもう一箇所あって、入居者80名の大所帯に加えてデイサービス・訪問入浴サービス・ショートステイを含めて、一日110名程度の利用者と向き合わなければなりません。もう還暦を迎える私が体に鞭打ち、そこで働かなければならないという現実が待っているという事なのです。)
その1週間位前までには、介護職員も含めて全員が面接を受けていて、現状の聞き取り調査を受けていました。

私は、東日本大震災の年度に『寝耳に水の人事異動』を受け、その後も毎年のように命令によって職場を動かされ続けてきていたので、精神が安定していなかったことを打ち明け、「震災から7年経った今、やっと本来の調子を取り戻してきているので、今やっと慣れた職場を1年で異動させないでほしい」と懇願していました。

『えー、それじゃぁ、忙しい時に時間を割いて受けた、あの面接は何だったのー?』と思い、思わず、もう一人の看護師に「何か、悪い事したったべが?(したでしょうか?)」と言ってしまいました。

介護職員の中にも、私と同様の方が居ます。彼女と休憩時間が一緒になった時「私さー、来年、定年なんだよー。何で、あと1年、静かにここで過ごさせてくれないのよー」と…
「そうだよねぇ」「その気持ち、よく分かるぅー」と言った私です。
しかしながら・・・
私の思いも、彼女の思いも全て「恨みごと」…『ここでポジティブ思考にならなくてどうする』と、もう一人の自分が喝を入れてきます。

そんな思いをしていた時、フッと、ある人のことを思い出しました。
その人は看護学生時代の同級生ですが、確か8年ほど前に癌で亡くなった方です。  ー続くー 
続きです
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2018年3月30日(金)01:07


彼女とは不思議な縁がありました。
彼女が初めて入院した病棟には、私の娘が新人看護師として勤務していました。…点滴が入って安心した娘は駆血帯をすぐ外さないでしまい、彼女が自分で外しながら、「自分も看護師」という事を伝えます。
「どこの学校だったんですか?」と娘は聞き、学校名を聞いて私と同じだったことに驚きます。「えっ?じゃぁ、お母さんと同じですね」と言い、年齢が同じ事も伝えた時、今度は彼女が「えっ?誰の?」と驚きます。そして、おまけのように「病棟の看護師長も同級生」という事実もついてきました。

彼女が特殊治療を受けるために盛岡の病院に転院していた時のことです。私は労働組合の役員が集まる会議の帰りに彼女を見舞いました。『もしかしたら居ないかもしれない』『治療を終えて退院しているかも?』20年ぶりくらいに会うので『私の事がすぐ分かるだろうか?』等という複雑な思いを抱え、ドキドキしながら病院に向かったのを思い出します。
彼女は「昨日まで調子悪かったけど、今日は嘘みたいに調子いい」と言って、同級生たちが何人もお見舞いに来てくれた話をしてくれました。そして忘れられない言葉は「あとは、神のみぞ知るだね」・・・

彼女は退院して地元に戻り、一度仕事に就きます。その頃、メールで幾ばくかのやり取りをしました。
同級生の看護師長は、彼女が退院したら「熟女会をやろう」と言ってくれていて、その会の日程が彼女から知らされました。ところが、私は準夜勤務と重なってしまっていて、個人交換も出来ない状態でした。場所は大槌町だったので、私の住まいからは遠い場所…今となっては津波で流されてしまっているので、全てがまぼろしです。

彼女はある時のメールで「仕事しています。なんぼも稼げないけど(少ししか働けないけど)」と…そして最期のメールは「健康で働いてね♪」だったような…

彼女が亡くなった後、私は『いつも私のそばに居てなんて贅沢は言わない。みんなに愛されたSさんだもの、きっと予約はいっぱいだよね。』『でも私が苦しい時はお願いね。今から予約しておくから。』と心の中で言っていました・・・来てくれたんですね、Sさん♪

もう一つ思っているのは、地元の子供たちが結成していた「D・K」というグループが10年目の節目で、お別れコンサートをやり、様々な独自の楽曲を披露したのですが、その中で最も心に響いた曲「初めの一歩」のこと・・・「はじめのーいぃっーぽー」「あしたにぃーいぃっーぽー」と歌う子供たちの歌声は、私に大きな力を与えてくれました。

頑張る理由を自分に問いかけています
投稿者/ドーナツさん
投稿日/2018年4月5日(木)12:57


はらぺこあおむしさんの投稿を読んで、還暦を迎える体には様々な不調を感じながらも、職場の理不尽な人事に腹を立てながらも、志し半ばで病気で亡くなった方から「元気で働ける喜び」を受け取って、頑張るエビデンスの一つにしようとされているのではないかと思う私がいます。
日々忙しく、病気にでもなって休みたい…。などと罰当たりな愚痴を吐いてしまう私自身にも問いかけています。


はらぺこあおむしさんへ
投稿者/向日葵さん
投稿日/2018年4月6日(金)01:18


突然の人事異動の話を伺って、震災直後の人事異動の話を思い出しました。あの時も大変な思いをされながら、新たな一歩を踏み出されましたよね。
私は何の宗教にも属していませんが、神様は存在していると思っていて、はらぺこあおむしさんは、開拓者という使命を背負わされてしまったのではないかと感じている私がいます。
それから「若者たち」の歌詞が浮かんできました。人生山あり谷ありですが、その先は希望に続いていると信じたいです。
ドーナツ様へ
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2018年4月7日(土)20:20


『まさしく、その通りだなぁ』と思いながら、レスを読ませて頂きました。ありがとうございます。

仕事が忙しくて自分が「いっぱい、いっぱい」になっている時に、「病気にでもなって休みたい」という気持ち、よく分かります。私も以前、公的病院に勤務していた頃にとても忙しい時期があり、「誰か倒れて休んでみたらいいんだがねぇ!」なんて、ドーナツ様よりも罰当たりなことを言った経験があります。
でも、そんな時って、どうも免疫機能が上がっているらしくて、誰も倒れないんですよねぇ、これが…

元気で働けるって有り難いことだなぁって、あらためて感じた私です。そして、ドーナツ様からのレスのおかげで新しい仕事を頑張ることが出来ています。
向日葵様、ありがとうございます
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2018年4月7日(土)21:06


レス、ありがとうございます。
東日本大震災があった年度に「寝耳に水」の転勤命令を受けた後の苦しさは尋常ではありませんでした。震災から7年が経過した今になって、やっと本来の自分を取り戻してきていますが、まだ100%ではありません。あの時の私のことを覚えていて下さったことに感激していますし、嬉しい気持ちでいっぱいです。

私が「開拓者という使命を背負わされてしまっているのではないかと感じている」という一文を見て驚いています。
と言うのは・・・
実は、3月まで一緒に働いていた同僚の看護師にも「○○さんは、どこに行っても改革して歩く人なんだね」と言われていたからです。ホント、びっくりしました。
そして・・・今の職場の「看護現場」は、新年度から体制が変わったとのことで、まさに「改革の時」を迎えているのです。

以前、向日葵様の投稿を読んだ時、私と似たような幼少期を過ごされた事を感じて、親近感を持っていました。時々、『向日葵さん、頑張ってるんだろうなぁ…』『私も頑張る』と思いながら今日まで来れました。


私も明日へ
投稿者/向日葵さん
投稿日/2018年4月15日(日)13:15


はらぺこあおむしさんの患者さんや利用者さんに関する投稿を読むたびに、はらぺこあおむしさんの真摯な姿勢に共感し、私も頑張ろうと思ってきました。
ですから、私のことをそんな風に思っていただけて嬉しいです。
私が働いているのは小さな病院なので異動はありませんが、来週から主任が産休に入るので主任業務を代行することになりました。ケア・カウンセリングに出会っていなかったら、重圧でうつ状態になっていたかもしれませんが、みんなの助けを借りながら取り組んでいこうと思います。