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私発!被災者の今、情報 84
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2018年6月6日(水)23:07


6月3日〜4日にかけて、久々にバスで大船渡に行ってきました。
私が住んでいる地域から大船渡に向かうと、宮城県の気仙沼を通り、また岩手県に戻って陸前高田を通り、実家のある大船渡に着きます。

東日本大震災発生から、もうすぐ7年3ヶ月を迎えます。当然のことではありますが、各地の景色は随分変わり、かつ、地域ごとの差が色濃く出ているような感じを受けています。
気仙沼の景色は目に見えて変わりました。
震災当時からしばらくの間、気仙沼では大型船が交差点の真ん中に打ち上げられた姿のままになっていて、復旧工事は一歩遅れたような感じに見受けられていましたが、その辺一帯の土地は、やっと流された建物の土台も取り除かれて、きれいに区画整理され、個人のお家も建ち並び始めていました。
港には漁船が、ひしめくように並んでいて活気がみなぎっている印象を受けます。

陸前高田は…
高田松原の長い海岸線はきれいに整えられ、大きな水門や、以前よりも高くて頑丈な防潮堤が出来上がっていました。(バスの中から海は見えません)
現在の中心市街地は高台にあります。防潮堤から中心市街地まではかなりの距離があって、その部分には、かつて「希望の架け橋」と命名された巨大ベルトコンベアーで運ばれた土が、まだ、およそ三分の一程度は手つかずのまま草が生えている状態でした。(だいぶ、地ならしされてきているのですが…)
巨大ベルトコンベアーが張り巡らされている時、「奇跡の一本松」は、隠れてしまってどこにあるのか分からない状態でしたが、今は周囲に何もなく、人の姿もないので、その一帯では「一本松」の隣りに残されたユースホステルと共に、再び「目立つ存在」となっているのが何とも「皮肉な感じ」を受けてしまいます。
「奇跡の一本松」の位置から中心市街地までの、広大な荒涼とした大地は、私にとって思い出が流されたまま止まっている場所…(今の中心市街地周辺は、当時、山の中でした。)

市役所仮設庁舎の隣りには、立派なコミュニティーセンター・防災センターが建ち、その奥の方に災害公営住宅と思われる建物が建っていましたが、何と!10階建てでした。目を疑ってバスの中から何度か数えましたが、やはり10階でした。大船渡で私が見た災害公営住宅は5階建てです。
津波のような大きな災害ではなくても、何か電気系統のトラブルが起きた場合、エレベーターは止まるはず…『その時、ここに住む方々は10階まで徒歩で上がる事になるのかなぁ…5階くらいまでだったら何とか頑張って上がれるかもしれないけど、それ以上になると若い人でも大変なのではないかなぁ…まして、これから先の沿岸被災地には高齢者の方が多くなるのではないのかなぁ…』なんて考えながらバスに乗っていました。

大船渡は…
震災後に「屋台村」として活気を取り戻す原動力になっていた場所は、広大な「さら地」になり、その前の歩道は「歩行者通行止め」にして歩道を大きくする工事(?)をしていました。
「屋台村」がなくなるに伴って廃業に追い込まれた店が何件もあったはず…
大船渡は大型公共事業による建物が目立つけど、この広大なさら地の所には何が建つものやら…

時代の移り変わりって厳しいですね。