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私発!被災者の今、情報 85 〜私のDMN〜
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2018年8月25日(土)19:29


今週のシナダスは「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)って何?」という題名です。(前回の配信「チコちゃんに叱られる?」は、読む前に間違って削除してしまったらしく、連動させて理解することができないので残念ですが…)

・「ボーっと生きている時の脳」は「認識活動している時の脳」の95%が活動している。
・通常の脳の対象認識活動に対してDMNは(無自覚な)「自己対象化活動」を行っているらしい?
・DMNが過剰だと、自己にとらわれ決断が出来ない症状を示すという。

東日本大震災津波発生から9月11日で7年半を迎えます。
今までの軌跡(震災ショックからの回復の軌跡)を辿ってみると、何も手につかない大ショック(睡眠中でさえ、震災に関係した自分自身の夢を何度も見る状態 → 自分で意識しようと思っている訳ではないのに、脳が勝手に(無意識に)そうなる=DMN全開状態?)
寝ても覚めても自己にとらわれていて、勤務中であれば、「通常の脳の対象認識活動」状態になっていなければならない筈なのに、高田高校が解体される頃には悲しみに押しつぶされそうになって、(勤務中なのに)トイレに入って泣いてしまったという、私の行動に繋がったのだと振り返っています。

今日の私は、仕事が休みなので美容院に行く予定を立てていました。
別件の用事を済ませた後、美容院に向かったら、何と!臨時休業〜…(泣)→ 家に戻って、思いがけず「ボーっとした時間」を過ごすことになったのです。

先週の月曜日、BSで「フォレスタ(コーラスグループ)」の歌を聴いていたら「城ケ島の雨」を歌っていました。
この曲は、高校の音楽の教科書に載っていたのですが、授業の時、先生が出だしをピアノで弾き始めて、途中まで行ったら「君達が歌うのは無理だな」と言って、辞めてしまったのです。私は「いつか歌ってやる!」な〜んて、反発を感じていたという思い出があります。
月曜日以降、何となく気になって「城ケ島の雨」が頭から離れません。特に「利休ネズミの雨が降る」という歌詞が気になっていたので「利休ネズミ」を調べてみました。
そうしたら・・・「利休ネズミ」とは、「緑色がかったねずみ色=灰色」の事!
ある光景と繋がりました!
高田高校音楽部に入部した時、校舎の端にあった音楽室と体育館(津波被害で校舎に乗っかった体育館)の間(=私のパート練習場所)で歌っていたのが、女声合唱組曲「蝶」の中の「灰色の雨」!
ボーっとしている状態の時に「利休ネズミ」が気になって頭から離れなかった訳が分かったような気がします。

・「ボーっと生きている」にも意味が有りそうなのだ! → 病気にならないように「通常の脳」とのバランスが重要ですけどね♪



気になるぅ・・・第2弾〜「城ケ島の雨」〜(勝手な解釈)
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2018年9月2日(日)06:31


毎週月曜日に放送しているBS日本・こころの歌で、2回連続して「城ケ島の雨」を聴きました。
1回目は女声。2回目は男声。・・・それぞれ、趣きがあります。

作者の北原白秋は、城ケ島の地形・風景にのせて作ったようですが、自身の「痛い経験」も垣間見えるような、何とも言えない艶っぽさが人々の心を引きつけて、大正時代から歌い継がれているのかなぁ…と思ったりします。
前回の投稿では、「利休鼠の雨が降る」という歌詞が気になっていて、今回は「舟はゆくゆく、通り矢のはなを。濡れて帆あげた主の舟」という部分です。
と、ここで・・・(勝手な解釈)
この歌は、「城ケ島」に単身赴任していた「主(ぬし)=あなた」と、道ならぬ恋におちてしまった女性側の心情…
「利休鼠の雨が降る」の次は「雨は真珠か、夜明けの霧か、それとも私の忍び泣き?」と続きます。
緑がかった灰色の雨でも、降り続く雨をじっと見ていると、時々キラっと光ります。→ これが「真珠」 
「夜明けの霧か」→ 雨はザーザー降りではなく、周囲の山々の緑色と相まって「利休鼠」に煙る霧雨だという事が分かります。

場面は、単身赴任を終え、渡し舟に乗って城ケ島を離れる「主」と見送る女性。
「通り矢」というのは、「真っ直ぐ」の例え。(矢が貫くように、スパーン!と真っ直ぐ。)
「はな」・・・白秋が住んでいた地域では、岬の先端のような所を「はな」と言っていたらしいですが、私の解釈は「花道}

霧雨に濡れながら「帆上げた(出世した)主(あなた)」を乗せた舟は進んで行く・・・「城ケ島への単身赴任は出世の登竜門」…女性は『報われない』と分かりつつ主を支えてきた…

この切なさを吹っ切るかのように曲調が変わって「ふ〜ね〜は行く行く〜」となるのです。
そして舟の船頭さんは、櫓(ろ)で舵取りをしながら、「心意気を持った唄」で、「主(ぬし)」を無事に出世街道まで導いてくれる → このように思う事で、女性は、やっと自分自身を保つことができる。→これも切ない・・・曲の最後で、最初の曲調に戻り、この「切なさ」を表現しているのだと思います。

「平成」がもう少しで終わろうとしている今、「大正ロマン」を感じますねぇ…