お話しサロン

034712  [強化!:宣伝書き込みを減らす!] [携帯からアクセス] [検索]
題名
お名前
Mail アイコンサンプル
文字☆  削除用パス[4字以上]☆

☆注意☆
下の投稿への返信でいいですか?
間違ってたら、ブラウザで戻って下さいねー♪


アルキメデスと亀
投稿者/マリーさん
投稿日/2019年11月20日(水)15:59


はらぺこあおむし様。
ありがとうございます。
はらぺこあおむし様が言われていることは、理解出来ます。
ただし、行動形成法に於いては、【あの場】だからこそ、思わず浮かぶシーンだと思うのです。
あの場とは、相互的で肯定的な場です。それって、日常の【あっ。そういえば】とは、違う気がするのです。なぜか1日のばしはその中にある【相同】のシーン問題支障の根底と繋がったところだからです。
【あの場】を造り出すのは、やっぱり自力だと限界がある(困難)と思うのです。

<< No title >>
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2019年11月22日(金)04:26


マリー様、一つお聞きしたいのですが・・・
【あの場】を造りだすというのは、「思わず浮かぶシーン」をロールプレイする時の空間(【あの場】=【行動形成法の場】)に、そのシーンを設定することを指しているのでしょうか?
そうだとすれば確かに自力では限界があり、他者の力が必要ですが、「思わず浮かぶシーン」が「浮かぶ瞬間」というのは「その人にしか分からない」。つまり、品川先生が言うところの『自力でのイメージ』なのではないか?と、私には思えるんですがねぇ…
それとも
「思わず浮かぶシーン」を導き出すプロセスに於いて、リーダーが関わっていることを指しているのでしょうか?(「思わず浮かぶシーン」が出てくる時点までのリーダーの関わりは、事例提供者に再度、事例を説明して貰って内容を確認し、「目を閉じてみて思わず浮かぶシーンは?」と聞き出すことですよね?聞き出した時点(瞬間)までは、リーダーの「導き」だと思うのです。(この時点までは、周囲の人達は介入していません。リーダーの「導き」は、もちろん肯定的相互性に基づいたものです。)
ロールプレイで空間に場面設定をする時点からは、周囲の方々の「相互的で肯定的な」協力と、リーダーが続けている「導き」と、たくさん受ける「肯定メッセージ」が相まって事例提供者自身の中の問題解決に繋がっていく。
という風に、私は考えています。
ありがとうございます
投稿者/マリーさん
投稿日/2019年11月22日(金)14:06


はらぺこあおむし様
ありがとうございます。
以下の設問
「思わず浮かぶシーン」は、事例提供者の効力予期が自力でプラス方向に再編成され、問題解決をクリアできる場面である。

「思わず浮かぶシーン」が効力予期がプラス方向に再編されてる状況というのは、理解がいくのです。

“自力”で問題解決をできる“場面”であるか。
この設問が仮に、「思わず浮かぶシーン」は事例提供者の効力予期がプラス方向に再編され、問題解決が可能なシーンである。
であれば、私は迷わず(○)をつけていたと思います。

場面というからには、行動形成法の一連のロールプレイを想像します。
品川先生がおっしゃりたいのは、「自己の中で再編されている=自力で」だとは思いますが、私が疑問なのは、その「自己の中で再編される=自力で」のお膳立ては、一日延ばしになっていることを、話す“他者”、話せる“場面”が自力では難しいと思ったのです。

<< No title >>
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2019年11月23日(土)06:25


マリー様、『なるほどなぁ〜』と思いました。
「思わず浮かぶシーン」の理論!!・・・考えれば考えるほど、ややこしくなりますね♪

「行動形成法」のスタートは、リーダーが自己紹介した後、『任意の人とペアになって「何故か一日伸ばし」の事を出しあう』のですが、この時点で、「思わず浮かぶシーン」は話していません。
設問はピンポイントで「思わず浮かぶシーンは」と言っているので、考え方として『行動形成法の流れの中の「途中の部分=事例提供者がリーダーの隣りの席で、思わず浮かぶシーンを話す部分」から考えていく』という事に誤りはないだろうと思っています。
で、
試験を受けていない私が時々フッと「疑問」として思い出すのが、かつて研修の時に品川先生が「一人行動形成法をやっちゃう人がいるんだよね」と仰ったことなのです。
これは、もちろん、場面設定して行動形成法をするという事ではありません。(不可能ですから…)品川先生は、「日常的に、一日伸ばしにしていることは何か?そこから、どんなことが思い浮かぶか?を普段から考えておくといいね。」とも仰っていたことがあるのですが、そのことを実行すると「気付き&行動変容のヒント」を得て、自身の問題に向き合うことが出来るという事を仰っているのではないか?と思います。
行動形成法を何度も経験していると、このようなことがあり得る・・・一人で「その境地に至る」という事は、イコール、自力でということ…でも、行動形成法の経験がない方には起こりえない事象である事から考えると、そこには「他者の力」が少なからず関わっている…

行動形成法そのものの中では、「自力で」の部分と「他者の力」の部分が半々に作用し合っているのでしょうか?
この部分も先生に聞いてみたいと思っています。
後日解答するという先生のお答えを待ちましょう!