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私発!被災者の今、情報 91
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2019年3月13日(水)10:59


今年の3月11日、私は仕事をしていました。
去年の3月11日、私は大船渡に居ました。
去年は、3月11日の休み希望を出していました。やはり、この日は知らず知らずのうちに緊張しているのか、小さな日常的にやっていることで、普段とは違う行動をしてしまう自分を以前から感じていたので、ここ数年間、3月11日に仕事上でもミスをしてしまうのではないか?と恐くなっていて、休みを取っていたように思います。しかも、その日に生まれ育った大船渡に行く自信もなく、自宅で過ごしていることが多い私でした。(今年の3・11も、朝から無意識に変な行動をする自分に気付いていました。)
去年は震災から7年目。ゲン担ぎみたいですけど「ラッキーセブン」にあやかって、日・月に行っている実家の両親の生活支援を兼ね、意を決して大船渡に行きました。14:46には実家の玄関先から続く坂道に立って海の方を向き、サイレンと近くのお寺の鐘の音に合わせて黙祷をしていました。
今年は8(八)年目。八は末広がりを表します。この日に仕事をすることは、「私自身の1歩前進!」。今年の14:46は、入居者の胃瘻交換の為、病院を受診していました。予約時間は14:30でしたが、病院側の連携不足で待たされることになり、テレビを見ていました。画面には東京での追悼式典の様子が映し出されています。このまま、外来待合で待っているうちに14:46になるから、そこで祈りを捧げようと決めていました。が、14:45頃、「じゃ処置室の前で待っていましょうかね」と担当看護師に言われて移動する羽目に…(なんで?!! このままレントゲン室に移動でもいいじゃない!→心の声)
私にとっては大どんでん返しで、あえなく祈りの時間は30秒強、取られてしまい、テレビの無い所で静かに手を合わせました。きっと、外で鳴るサイレンの音が聞こえるだろうと思いきや、何も聞こえなかった…(私の耳に聞こえなかっただけなのか、市役所の支所で鳴らさなかったのかは不明)
『あぁ、内陸ってこんなもんなのか?…』と、がっかり気分で帰路に着いたのですが、帰り道の光景に私は救われました。

大手の某銀行の支店が近づいてきた時、掲げている国旗に目が留まりました。いまや、祝日でも国旗を掲げる風景は少なくなってきましたが、最初『えっ、祝日でもないのに…』と思った私は、そこを車が通過した瞬間!感激に包まれました。旗の根本から喪章がたなびいていたのです。施設の近くの交差点の所に個人経営の歯科医院があるのですが、そこの電柱には、黒と白の縞模様の幕のような布が巻きつけてありました。
『あぁ、このような追悼の形もあるんだなぁ…』と、・・・私は、まさしく「自分の殻から出られた瞬間」に遭遇した気分で、今年は3・11に休みを取らないで仕事を選択した意味合いを感じていました。