お話しサロン

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私発!被災者の今、j情報 89
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2019年3月6日(水)06:15


一昨日、NHKの番組で「鶴瓶の家族に乾杯」を見ました。
ロケ地は岩手県釜石市! ゲストの五郎丸 歩さんが『宝来館』のおかみさんと一緒に行動している姿が映し出されていましたが、その『宝来館』を懐かしく思いながら見ていました。

東日本大震災から1年以上が経った頃に当協会では、三菱財団様の支援を受けて「東北支援プロジェクト」と称する研修や公開講座を行っていました。私は、その研修に参加させて頂きながら、自分自身を立ち直らせてきました。本当に、この協会に出合っていなかったら今頃は、まだまだ『暗闇のどん底』に居たかもしれません。
当時、「被災地訪問ツアー」という協会独自の企画があり、一泊二日で盛岡市を出発し、住田町から陸前高田市に入って、隣りの大船渡市で碁石海岸の散策と休憩、沿岸沿いを北上して釜石市に入り、宝来館に宿泊しました。(翌日は宮古市を見た後、宮古街道を通って盛岡市に戻っています)
『宝来館』の玄関から中に入ると、ちょっとしたホールのように広くなっていて、一般的な旅館のおみやげ売り場のようになっています。そのスペースで、私達が訪れた時にはミニコンサートを催して頂き、みんなで盛り上がったなぁ…とか、懐かしく思い出しながら、やや興奮気味にテレビを見ていました。

笑福亭鶴瓶さんは、町はずれの仮設住宅を訪れて一人暮らしをしている年配の女性に会っていました。
その方は、自ら住宅の中に鶴瓶さんを招き入れてお話しをしていましたが、一言、一言、話す度に「アハハハハ!」「ハーッハハハハ!」と、大声で笑います。一件、何がおかしいんだ?と思いますが、つられて周囲も笑ってしまうような、まるで、「大笑い大会」を見ているような感じでした。
ナレーシュンで、その方は、震災直後から意識して笑うようにしてきた中で、自然にそうなったと話していたと・・・この時は、(普段一人で、町から離れた寂しい所に居るので)人に会って、しかも鶴瓶さんだから嬉しくて、余計に笑い声が出たのだと思いましたが、『被災地に生きる人間の術』を感じました。この女性は昭和8年生まれとのこと。私の母と同い年です。昭和8年と言えば、三陸大津波があった年!昭和35年にはチリ地震津波がありました。この年代の方々は、これらをくぐり抜け、何度も立ち上がることを繰り返してきたのだと思います。
「笑う門には福来たる」の「笑福亭」鶴瓶さんに行き会ったのは『必然』のように思えます。 ー続くー