お話しサロン

048471  [強化!:宣伝書き込みを減らす!] [携帯からアクセス] [検索]
題名
お名前
Mail アイコンサンプル
文字☆  削除用パス[4字以上]☆

☆注意☆
下の投稿への返信でいいですか?
間違ってたら、ブラウザで戻って下さいねー♪


基礎講座 『クルスマス・イブ』 <ふりかえり> 211204
投稿者/品川博二さん
投稿日/2021年12月5日(日)12:23


毎年12月に入ると、耳にするのが『クルスマス・イブ』(山下達郎 作詞・作曲 1984)である。この曲を聴くとクリスマスの季節を感じる。というよりは、むしろこの曲を聴かないとクリスマスが来ないとさえ感じる? 
なんとこの曲は37年前の作品である。そしてJR東海の深津絵里のCM(1988)を目にしていた頃は、私たちは33歳も若かった!かくも永く私たちの脳裏に残るこの曲の魅力にこだわったのが、昨日の基礎講座だった。
端的に述べると、この『クルスマス・イブ』は、私たちの間主観性を求めての、「自他境界の越境」(とその断念)がテーマなのだ、と思われる。何度も彼女の心に背いてきた男が、意を決してクルスマス・イブのデートを申し込む。そこで、彼は自分の最も「大切な人」はあなただと告白するつもりだった。しかし、何度も裏切られてきた彼女は、彼が一方的に言う約束の時間と場所に応じるとは明言できなかった。
その歳のクルスマス・イブは雨だった。雨は夜更け過ぎに雪へと変わるだろう。
告げた時刻に姿を現さぬ彼女に、彼はひとりきりのクルスマス・イブを覚悟する。これまでの彼女と過ごした幸せな時の記憶が駆け巡る!街角のクリスマスツリーが銀色にきらめいている。
 私は「私だけ」では、私になれない。私には「私たち」という根拠地が必要である。その根拠地(関係原理の現象)は、かっては母子関係であった。成長と共に家族関係、交友関係、そして恋愛関係に発展する。私たちはその根拠地を拡張させる為に、「自他境界の越境」の冒険に挑む。もし、相手が自分の「心深く秘めた想い」を受け止めてくれれば、私たちは間主観性(関係原理の理念)の実体化に成功する。
 しかしながら、私たちの「自他境界の越境」の試みは、少しの成功と多くの失敗で出来ている。しばしば私たちの「自他境界の越境」は、苦い思い出に綾どられ、関係性からの逃避を習慣づける。だから、すっかり臆病になってしまった私たちに、「自他境界の越境」へのみずみずしい感受性を思い起こさせてくれる山下達郎の『クルスマス・イブ』は、切なく名曲なのである。



「クリスマス・イヴ」をあらためて
投稿者/もう12月さん
投稿日/2021年12月7日(火)07:20


当時、このCMの男女は日本の男女のステレオタイプだと、漠然と思っていたような気がします。
あんなヒーロー、ヒロインもいいなあと思ったりもしましたが、男性が隠れていて柱の陰からムーンウォークしながら登場するのは危ないと思ったのは私だけではないはず。線路に落ちないのはわかっていますが。

ドラマティックな再会シーンだとは思いますが、「クリスマス・イヴ」の歌詞を検討してみると、曲調からしてハッピーエンドではなく、別れの予感はなんとなく感じ取っていましたが、そのような意味があったとは!
出会いと別れがいかに人間を成長させるのか、別れはまた次の出会う誰か、何かによって新しい自分を知らせてくれますね。
詩分析や物語分析の面白さを感じた私がいます。