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認知症の親と共に生きる「真」って?
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2022年8月9日(火)03:17


皆様、お久しぶりです。かつて「私発!被災者の今、情報」の投稿を続けていた私です。今、日々認知症が進行していく父を引き取り、日々奮闘しながら、コロナ禍で戦々恐々としながら、生活しています。

今年1月まで両親は岩手県の大船渡市で二人暮らしをしていました。1月時点で父は90歳、母は89歳で既に二人暮らしの限界は超えており、かかりつけの医師からは「何とかしなさい」的な事を再三言われる状況でしたが、子供である三姉妹は全員嫁いでおり、長女の私は(社会通念上の)家督という立場上、両親には過酷な頑張り方をさせたという思いがぬぐえません。

1月中旬過ぎ、父がお世話になっていたデイサービスの責任者の方から電話が入り、父の喘鳴が気になるので受診を勧めるという内容でした。そのころ父は着衣失行があり、寒い中でも下着シャツの上に(お気に入りの)ベストを着てデイサービスに行く状況だったそうです。私が実家に行った時にヘルパーさんが分かるように整理した衣類・タオル類や、母が頑張って準備したデイサービスの持ち物は一晩のうちに引っ搔き回し、疲れ果てた母が怒鳴り散らす中、迎えに来た職員さんに父の寝室に行ってもらってデイサービスに連れ出してもらったこともありました。
連絡を受けたのは金曜日!翌日は午前中だけ掛かりつけ医が診療していたので休みを取って受診させました。診察時は肺雑音なく酸素飽和度も正常でしたが、レントゲン写真では片肺が真っ白!医師が「入院させられますか?」と仰るので、私の住まいの近隣の県立病院に紹介状を頂き月曜日受診の段取りを取りました。しかし、案の定、様態は悪化していき日曜日の朝には救急搬送!肺炎で入院し、退院と同時に引き取って、、住所変更・サービス申し込み・契約等、諸々の手続きを行いつつ、母の様子観察・・・続く


続きです
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2022年8月9日(火)03:51


父の入院中に我が家では受け入れ準備を進めていましたが、退院日の2日前に母がショートステイ先で、元々の慢性心不全悪化による体調不良を起こして父とは別の県立病院に救急搬送されました。
母の退院に当たっては行き先がない状況だったので、入院と同時に退院調整を依頼し、約1か月半入院した後で盛岡の病院が受け入れて下さることになり、介護タクシーに同乗して3月中旬に転院しました。県立病院入院と同時に施設申し込み・(要介護認定が2だったので)区分変更申請等々に動き回り、盛岡の病院に2か月間レスパイト入院した時点で一関(私の近く)の施設に入所できました。ところが、入所16日目に再度、体調不良で施設の協力病院に救急搬送され入院!

岩手県の地図を盛岡を起点にして北と南に分けたとしたら、母は4か月間の間に岩手の南半分を救急車と介護タクシーで移動したことになります。盛岡の病院に転院した時点では要介護4でしたし、食事摂取がままならない状況でしたので、母の体には相当こたえたと思います。
最後の病院に入院した当初は(持ち前の?)「気まま言動」炸裂だったようですが、力尽き、7月27日に永眠いたしました。
医師からは経管栄養の可能性も示され同意書にサインしましたが、本人も家族も延命措置は望んでいなかったので経管栄養に至ることはなく、病院からの連絡で病室に到着した時は呼吸で腹部が動いているのではないか?と錯覚するくらい、自然で穏やかな寝姿の母が居ました。 続く
続きの続きです
投稿者/はらぺこあおむしさん
投稿日/2022年8月9日(火)05:05


ここからが本題になります。
私は母の死を父に告げるべきかどうか、非常に悩みました。結論から言えば告げていません。
父の施設探しで、あるグループホームの責任者の方と話した時、私は母の死が近いかもしれない事を話した後で「人間として、配偶者の死には立ち会わせ、お別れして頂くべきだと思っています。」と語りました。この時の責任者の方も大きく頷き同感していました。
グループホーム入所が決定しているのであれば告げたかもしれません。でも考えてみると、この時点での私は「人間として」と言うよりも、仮に父が反応を起こしたとしても複数の職員さんが見てくれるという「逃げ」が優先していたようにも思います。

父の認知症は日々進行しています。現実問題、今の時点で他者の言葉がそのまま伝わらない(例えば「おしっこ出るの?」と聞いても「おしっこ」と言う言葉が伝わらない,尿が出る事を不思議がり「い〜や、勝手に出てくる。どっから出てくるんだか?」と話す)レベルの認知症患者に「妻の死」を伝えるのは至難の技なのです。葬祭に立ち会わせるとなると、専属で父を見ている人が必要になりますし難聴の父に大声で話さなければなりません。いつ、トイレに立つかもしれず、お焼香の席は無理です。まして、火葬と葬儀はお墓の関係で30キロ以上離れた地域で別々に執り行っているので、『会わせたら自宅で待機』という選択もできない状況でした。私は、「伝えるからには、お骨になる前に会わせる必要がある」「会わせない(会わせられない)からには、伝えない必要がある」と思っています。
かつての盛岡研修で「認知症患者は「今」だけの連続の中で生きている」と教わりました。
父に「妻の死」を伝えるか?伝えないか?
決定するにあたり、ある時の父の言動を思い起こしていました。
父:「母ちゃん、どうなってだんだ?何処さ居るんだ?」
私:「(父とは)別の施設に入って暮らしてだよ」
父:「あ、そうがぁ。ほんだら良かった。」
このやり取りの時の父の安堵した表情が思い起こされ、私の脳裏に焼き付いていることを実感していました。
「人間として伝えるべき」と思っているのも私。「現実的には無理だよ」と思っているのも私。どっちにしろ自己満足の境地だと思ったのです。
「伝えたら少なからず、悲しい思いをさせる。」という、「今」の思いも「私の思い」決して「父の今の思いではない」という事だけが今、確実に分かる事なのです。だとしたら・・・
確実性を追求するのが、父も私も心やすらかに過ごせるのではないか?と思いました。きっと母は許してくれるだろう(と思うのも私の自己満足ですが・・・この事の真実は「あの世」で母に聞かないと分かりませんけどネ)
そういう訳で私は「伝えない」を選択しました。
歳を重ねる毎に「真」とは何か?…益々分からなくなっている私が居ます。